非認知能力と算数(STEM教育)に関する学びの全体像|前頭前野・自己効力感・粘り強さを育てる学習

🌱 非認知能力と算数(STEM)教育|なぜ算数が“学び続ける力”を育てるのか

このページでは、 「非認知能力と算数学習がどう結びつくのか」を、 脳科学・発達心理学・教育学・入試実例の4つの視点から整理します。

🔍 1. 認知能力 × 非認知能力 —— 学びを支える“二つのエンジン”

認知能力(Cognitive Skills)
読み・書き・計算・理解・論理思考など、テストで測れる力。

非認知能力(Non-cognitive Skills)
粘り強さ、注意制御、自己管理、忍耐、好奇心、メタ認知など、 数値化しにくい“学びの姿勢”や行動特性。

教育研究では近年、

「認知」だけでは学びは続かず、
「非認知」だけでも学力は伸びない。
—— 両方がそろって初めて、学びは持続する。

🧠 2. 脳科学の視点:算数は“思考”と“感情”を同時に動かす学び

算数に向き合うとき、脳では次の2つの領域が強く働きます。

  • 頭頂連合野:数量感覚・空間認知
  • 前頭前野:集中・抑制・柔軟性・作業記憶(実行機能)

前頭前野は粘り強さ・感情調整・注意制御など、非認知能力の中核でもあります。

また「できた!」という瞬間には線条体・扁桃体など報酬系が働き、

自己効力感(I can do it!)=挑戦する力 が高まりやすくなります。

算数学習は、認知能力(考える力)と非認知能力(粘り強さ・感情調整など)を 同時に働かせやすい学びです。
「わからない」状態から、自分で筋道を立てて答えにたどりつくプロセスをくり返すことで、
その経験そのものが「次もきっとできる」と思える自己効力感を少しずつ押し上げていきます。

📚 OECD(2016)“The Neuroscience of Mathematical Cognition and Learning”

脳の働きと算数学習の関係(頭頂連合野・前頭前野・報酬系)

🧒 3. 発達心理学の視点:算数は“少し背伸びして取り組む課題”

発達心理学では、子どもが力を伸ばすときには
「少し背伸びした課題に挑戦し、サポートを得ながら乗り越える」経験が重要だとされています。

算数は、1問ごとにゴール(正解)と条件がはっきりしているうえ、
同じ考え方を使いながら数字・条件・図形の複雑さなどを少しずつ変えていくことで、段階的にレベルを上げやすい教科です。

そのため、子どもにとって「ちょっと難しい/でも工夫すれば届きそう」という“背伸びゾーン”の課題を設計しやすく、自分の考え方を試しながら少しずつ背伸びする練習の場になりやすい領域と言えます。

「ちょっと難しい/でも頑張れば届く」課題に向き合うプロセスは、
粘り強さ・自己効力感・柔軟性を育てる土台になります。

📚 こうした「少し背伸びした課題」の考え方は、発達段階や支援のあり方を示した次の理論などに基づいています:
・Piaget の認知発達理論(具体的操作期 7〜11歳など)
・Vygotsky の ZPD(最近接発達領域)とスキャフォルディングの考え方
参考: Piaget's Theory and Stages of Cognitive Development(Simply Psychology) Vygotsky's Sociocultural Theory & Zone of Proximal Development(Simply Psychology)

📚 4. 教育学の視点:算数は「プロセス」を育てる教科

算数は、答えの正しさだけでなく、そこに至る考え方のプロセスを重視できる教科です。
同じ問題でも「どう考えたか」を比べやすく、学び方そのものを扱いやすいのが特徴です。

  • 自分の考えを説明する
  • 友達の考えと比べる
  • 図や式を描き直して整理する
  • 誤りに気づき、どこでつまずいたかを振り返る

こうした活動は、自己調整・協働性・メタ認知・粘り強さといった、
これからの学びで重視される資質・能力を育てる代表的な学習プロセスです。

📚 たとえば OECD の 「OECD Learning Compass 2030」 では、知識だけでなく、
学びのプロセス(メタ認知・自己調整・協働など)を通じて 生徒が自分の学びを舵取りしていくこと(student agency)が重視されています。

🧩 5. 実際の中学入試では“非認知能力”も問われている

中学入試の算数は、単なる計算力ではなく、
粘り強さ・思考の持久力・仮説検証・注意制御・理由説明など
“思考のプロセス” を重視しています。

① 灘中学校

該当問題:2024年度 算数 第2問(図形の性質・試行錯誤型)

どんな問題?
・条件が多い複雑図形
・図を書き直して整理しないと進めない
・仮説→検証→修正のループが必須
・一発で正解にたどり着けない構造

問われる非認知能力 理由
粘り強さ 仮説検証が前提で、途中で諦めたら進まない。
メタ認知 自分の方法が合っているか常に点検する必要。
柔軟性 仮説違いに気づいたら即切り替える必要。
戦略立案力 条件整理→図式化→検証の戦略が不可欠。

👉 灘の算数は「思考の持久力と戦略切替力」を直接測っている。

② 桐蔭学園

該当問題:2024年度 算数選抜 大問1(場合分け・記述型)

どんな問題?
・自分の考えを文章で説明する「記述」形式
・複数の条件を整理しながら順序立てて考える必要
・解答の“過程そのもの”が評価される

問われる非認知能力 理由
思考の言語化 自分の仮説を明確に文章化しないといけない。
論理的自己表現 理由・順序・根拠の一貫性が必要。
粘り強さ 複数ステップを踏む必要があり、道のりが長い。
自己調整力 書きながらズレた部分を修正する必要。

👉 「答え」ではなく「考え方」を評価=非認知能力を直接問う形式。

③ 渋谷教育学園幕張

該当問題:2023年度 算数 大問3(規則性・本質抽出型)

どんな問題?
・複雑な表や図に情報が多い
・本質の規則性を見抜くと一気に解ける構造
・余計な情報に惑わされるとハマるタイプ

問われる非認知能力 理由
洞察力 大量の情報から本質を抽出する必要がある。
注意制御 余計な情報に惑わされると解けない。
戦略性 全体を俯瞰し「何が重要か」を見極める必要。

👉 “複雑さに飲まれず本質を抜く力”=非認知能力が問われる。

④ 女子学院

該当問題:2024年度 算数 大問2(論証型・理由説明)

どんな問題?
・「できる/できない」ではなく“理由”を説明させる
・証明に近い思考プロセスを要求
・根拠を筋道立てて示す必要がある

問われる非認知能力 理由
論証力 根拠の筋道を明確に説明する必要。
自己効力感 難しそうでも、自分の考えを信じて進める力。
粘り強さ 論理破綻があれば最初から立て直す必要。

👉 説明力=非認知能力を直接評価する入試形式。

🧩 6. まとめ:算数は、非認知能力を育てる“学習プロセス”

学びの場面 育まれる非認知能力 プロセスのポイント
図形・空間認知の問題 集中力・粘り強さ 形をいろいろな向きから見たり、頭の中で動かしたりしながら、
図を整理して試行錯誤するプロセスが続く。
計算・手順の選び方 実行機能・自己管理 どのやり方で解くかを選び、
手順を順番どおりに進めながら、途中でミスに気づいて修正する。
文章題・数量関係を読む メタ認知・柔軟性 状況を整理して図や式に置き換え、
「この考え方で合っているか?」と自分の理解を振り返りながら考え直す。
協働での問題解決・STEM活動 協力・共感・コミュニケーション 自分の考えを説明し合い、友達の考えを聞きながら、
役割分担ややり方の違いを調整していく。
つまずきと「できた!」の経験 自己効力感・挑戦意欲・感情調整 うまくいかないところから、試し方を変えて解決にたどりつくことで、
「やればできる」という感覚と、気持ちの立て直し方を学ぶ。

🔎 算数学習で育つ“学び続ける力”

算数は、「わからない」→「試してみる」→「考え直す」→「わかった!」という流れを
短いサイクルで何度も経験しやすい教科です。

その一連のプロセスのなかで、粘り強さ・自己調整力・注意のコントロール・自己効力感といった非認知能力が少しずつ育ち、
「困っても、考えながら乗り越えていこう」とする“学び続ける姿勢”へとつながっていきます。