手を使わずに〈頭の中で図形を動かす〉力――メンタルローテーションと空間認識の話

1. 立体を頭の中で動かす問題から見える力
メンタルローテーション|「頭の中で図形を動かす力」を育てる
まずはショート動画で、一緒に試してみてください。
どちらも共通のルールはひとつです。
手を使わずに、頭の中だけで答えてください。
動画では、色のついた立方体(立体)を使って、 手は使わず、頭の中だけで立体の向きや位置関係を動かしてみる という、“頭の体操”を行いました。
たとえば、
- 見えている面が、動かすとどこへ移るか
- どの面が前・上・右になるか
- 同じ形でも、向きが変わるとどう見えるか
を、頭の中で追いかけながら考えます。
ここで大事にしているポイントは、あえて次の 2 つを「しない」ことです。
-
① 手で立方体を転がすマネはしない。
つい手で確かめたくなりますが、まずは頭の中で追いかける経験を優先します。 -
② 紙に図を描いたり、実物を作ったりしない。
展開図や積み木を使えば楽になりますが、いちど「頭の中だけで」立体を扱ってみます。
つまり、
自分の頭の中に立体のイメージを置き、それを“動かして・確かめて・更新する”
という、内側の操作そのものをトレーニングしています。
うまく追いかけられたとき、
「今、頭の中で形が動いた!」という感覚が一瞬でもあれば、
それが メンタルローテーション(頭の中で形を回したり動かしたりする力) です。
2. メンタルローテーションとは?(脳の中で何が起きているか)
メンタルローテーション(mental rotation)は、脳科学・認知心理学では 「心の中に思い浮かべた図や形の向きを変えながら考えるときの、脳のはたらき」 として説明されています。
目の前に実物がなくても、「頭の中の立方体」「頭の中の地図」「頭の中の図形」をクルッと動かして、 位置関係を確かめる力です。
この概念を有名にしたのが、心理学者 Roger N. Shepard と Jacqueline Metzler が 1971 年に行った有名な実験です。 三次元ブロックでできた不思議な形を 2 つずつ見せて、
「これは向きを変えただけで同じ形か? それとも別の形か?」
を答えてもらい、答えが出るまでの時間を測りました。
この実験から、人間は形をただ“ながめている”のではなく、
頭の中で実際に立体を回しながら「同じ形かどうか」を判断していることが、実験的に確かめられました。
参考(英語・原著論文):
Mental Rotation of Three-Dimensional Objects(Shepard & Metzler, 1971) ↗
3. なぜメンタルローテーションが大事なのか?
メンタルローテーションは、教科書に出てくる図形の問題だけに関わる力ではありません。 脳科学・STEM教育の研究では、思考の土台として重要な役割をもつ力だと考えられています。
① 情報を“動かしながら”理解できる
見たものをそのまま暗記するのではなく、
- 向きを変える
- 組み合わせ方を変える
- 別の角度から見直す
といった「頭の中で並べ替えたり、つなぎ替えたりする力」が育ちます。
たとえば算数・数学なら、
- 図形の問題で、「ここに線を足したらどう見えるかな?」と頭の中で区切り方やつながり方を試してみる
- グラフを見ながら、「もしここが2倍になったら?」など別パターンを仮定して考える
といったときに、見えていない関係を仮説として立てて試す力につながります。 これは「丸暗記型の学び」から、構造を理解して応用できる学びへ移っていくための土台です。
② 抽象的な学び(数学・プログラミング・デザイン)の基盤になる
多くの研究で、「空間認識能力(メンタルローテーションを含む)が、 STEM 分野(科学・技術・工学・数学)の学習や進路選択と関連する」ことが示されています。
たとえば…
- 図形を別の向きから考える
- 立体の展開図・投影図をイメージする
- プログラムの「右回転・左回転・回転後の位置」を感覚的に扱う
- 3D モデリングやプロダクトデザインで、頭の中で形を組み立てる
- データやグラフを見て、「もしこう動いたら?」という仮説を立てて比較する
こうした課題はすべて、 「見えていない状態」を頭の中で動かして確かめる ことが前提になっています。
描かれている図形そのままの状態では解けない問題に対して、
「ここに一本線を足したら、わかりやすくならないかな?」、
「この部分で分けて考えたら、整理できそうだな」と考えながら、補助線や切り分け方を工夫して、
見えにくい関係を浮かび上がらせていきます。
こうした「元の図のままでは見えない解き方を、自分でつくり出す」練習にも、メンタルローテーションはつながっています。
③ 実生活の「空間のセンス」として効いてくる
授業の外でも、この力はずっと使われ続けます。たとえば…
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料理の段取りを組む
3品を同時に仕上げるために、 「この鍋を火にかけている間に、あっちを切って、最後にこれを温め直して…」と、 位置とタイミングを頭の中で組み立てます。 -
一日の予定や移動ルートを頭の中で組み立てる
「この打ち合わせのあとにここへ寄って、帰り道でこれを買って…」と、 地図と時刻を同時にイメージしながら、効率のよいルートを考えます。 -
スポーツで人やボールの動きを予測する
「この方向にパスが出たら、次はここへ走るだろう」と、 数秒先の位置関係を頭の中でシミュレーションすることで、 先回りして動ける・ぶつからずに安全にプレーできる、という形で役に立ちます。 -
初めての場所で道順を覚える
一度歩いたルートを「頭の中の地図」として回転させ、 別の方向から戻るときにも迷わず歩けるようになります。
つまりこれは、「状況や配置を頭の中で整理し直し、『どうなっているか』『どう変わるか』を考えるための基礎体力」 と言える力です。
回転力を、1か月で習慣にする(週3回×10分)
「頭の中で動かして確かめる」を、短いミッションで少しずつ積み上げます。
点描写/折る・たたむ/シルエット照合の3カテゴリで、迷子からの戻り方までセットで練習します。
4. 子どもはどこでつまずきやすいのか?
立体を頭の中で動かして考える問題(メンタルローテーション)は、 情報処理として難易度が高いタイプの課題です。 大人でも、頭の中のイメージが途中でズレたり、 どこを見て比べればいいか分からなくなって迷うことがあります。
たとえば、
- 向きの変化を追いかけるタイプ(回して追いかける)では、 「いま前に見えている面はどれか」「色の面はどこへ移ったか」を更新し続けます。
- 分解して組み直すタイプ(分解して組み立て直す)では、 パーツ同士の関係を保ちながら、向きを入れ替えて全体像を作り直します。
とくに子どもにとっては、次のような“複合タスク”を 同時にこなす必要があるため、なおさらハードルが高くなります。
● 必要な情報を「一時的に置きながら」考え続ける(ワーキングメモリ)
立体の問題では、目に見えている情報だけでなく、 「いま注目している面・色・パーツ」「いまの向き(前・上・右がどこか)」 「次に何を確かめるか(どこを基準に比べるか)」といった情報を、 頭の中に“仮置き”しながら考え続けます。 これは心理学でいうワーキングメモリの働きです。
ワーキングメモリとは、 考えごとをしているあいだだけ必要な情報を一時的に置いておき、同時にそれを使って考えを進める“頭の中のメモ帳” のような仕組みのことです。
参考:
Working Memory(The Decision Lab) ↗
子どもはこの容量が発達途上なので、「仮置きしながら考える」だけでも負荷が大きくなります。
● 向きが変わるたびに、情報を更新し続ける(追いかけ型)
向きの変化を追いかけるタイプでは、動かすたびに 「さっき前に見えていた面が、今はどこへ行ったか」や 「いま前・上・右になっている面はどれか」を、 頭の中で更新し続ける必要があります。
更新が追いつかないと、途中でイメージがズレてしまい、 「どこまで合っているか分からない」状態になりやすいです。
● 分解して、向きを入れ替え、合体して全体像を作る(組み直し型)
分解して組み直すタイプでは、頭の中の操作がさらに増えます。 ポイントは次の3つです。
- 形をキープする(パーツの形・まとまりを崩さない)
- 向きを入れ替える(どの向きで合わせるかを変える)
- 合体した形を作る(組み合わせた結果の全体像をつくる)
「一度ばらして、もう一度組み立て直す」を頭の中だけでやるので、 ワーキングメモリと空間認識の両方に強い負荷がかかります。
● 似ている候補の中から、比べるポイントを決めてしぼり込む
選択肢がある問題では、 「どこを決め手にして比べるか(面の並び/色/凸凹の位置など)」や、 「比べる順番をどうするか」「合わない候補をどう落とすか」といった しぼり込みの手順も必要になります。
ここが定まらないと、頭の中で扱う情報が増えて迷いやすくなります。
しかもこれらすべてを、
- 手を使わず
- 図も描かず
- 頭の中だけで
行うことが求められています。
迷ってあたりまえの負荷がかかっているので、 「できない=センスがない」ではなく、 「かなり高度なことにチャレンジしている」 と捉えてあげることが大切です。
小さいうちから「少し難しい空間操作」にゆっくり取り組む経験が、 算数・理科・デザイン・エンジニアリングの理解を、 感覚レベルからじわじわと支えていきます。
5. メンタルローテーションは“速さ勝負”ではない
「メンタルローテーション」と聞くと、ついどれだけ速く正解できるかが気になってしまいます。 ですが、土台づくりの段階では、速さは重要ではありません。
大事なのは、この流れを自分のペースで丁寧にたどれることです。
見る → イメージする → 動かしてみる → 位置関係の変化がわかる
親子で声に出しながら、ゆっくり一緒に追いかけてみてください。
「あ、今、頭の中でちゃんと動かせた!」という小さな成功体験が、
その後の正確さやスムーズさにつながっていきます。
6. 今日からできる!親子で楽しむ空間認識ミニ問題
ここからは、家で今日からできる追加の空間認識問題を、3つ紹介します。
📘 追加問題①|動かしたら、どこが前?
- 箱や積み木をひとつ用意し、「自分のほうを向いている面」にシールや色をつける
- 「これを少し動かしたら、シールはどこを向くかな?」を頭の中だけで考える
- 最後に手で確かめて、「考える → 確かめる」をセットにする
📘 追加問題②|上から見たら、どう見える?
紙に「立体を上から見た図」を簡単に描いて、
「少し動かしたら、上からの見え方はどう変わるかな?」と問いかけてみましょう。
平面図 ⇄ 立体のイメージを行き来させる練習になります。
📘 追加問題③|展開図から立体を想像できる?
6マス分の展開図をいくつか描き、
「この中で、立体を組み立てられるのはどれだろう?」とクイズにしてみましょう。
最初は切って組み立てて、慣れてきたら「頭の中だけで」を増やしていくと自然に練習になります。
もっと練習したい方へ|Thinking Engine(思考のエンジン)
空間認識の練習は、「短い問題を、少しずつ積む」方が続きます。
SheSTEMでは、つまずく前の力を鍛える練習素材として Thinking Engine(思考のエンジン) を用意しています。
下のページから、サンプル問題をダウンロードしてください。
7. 空間認識は“思考の器”を広げる力
SheSTEM Japan が大切にしているのは、 「正解できたかどうか」ではなく、「自分の頭で動かしてみたかどうか」です。
空間認識の力は、図形だけでなく、
- 文章で描かれた場面を思い浮かべる
- ストーリーの流れや因果関係を整理する
- 計画や手順を頭の中でシミュレーションする
といった、「構造を理解する」さまざまな場面でも働きます。
立体を頭の中で動かすという活動の裏側で、実は、 目の前のものの向きや位置関係を整理し直したり、 「ここからこう動いたらどうなるか」を筋道立てて考える力が育っていきます。
6つの思考のOSの全体像は、こちらにまとめています。
6つの思考のOS|全体像を見る ↗
8. おわりに|「手を使わずに動かしてみる」から始めよう
ほんの数十秒でもよいので、 手を使わずに、頭の中で動かしてみる時間 をつくることが、STEMの基礎体力を少しずつ育てていきます。
ぜひご家庭でも、 「今、頭の中でどう動いた?」 「さっき見えていた面は、今どこにある?」 と会話しながら、“考えるってちょっと楽しい”という感覚を増やしてみてください。


