前提をつくる力が、思考の地図をひろげる

前提条件を立てて考える算数のイメージ図(分数・割り算・ジュース3本を4人で分ける例)

子どもが算数の文章題を解いていて、こんなことを言う場面があります。

「だって、1本にどれくらい入ってるか書いてないよね?」
「ほんとうに4等分できるの? コップ、どうするの?」

多くの大人はここで「そういうものとして習うから」と流してしまいがちですが、実はこれはとても大事な“良い質問”です。

なぜなら算数・数学は、「こういう前提で考えます」と条件を決めたうえで、はじめて成り立つ学問だからです。

1|数学は「前提条件を決めた世界」でだけ動く

算数・数学では、つねに次のような前提条件(assumptions)を置いてから、計算や推論をします。

・何を同じとみなすか
・何は無視してよいことにするか
・どんな量として扱うか

たとえばジュース3本を4人で分ける問題なら、暗黙にこう決めています。

  • 3本のジュースは、どれも同じ量が入っている
  • その量は、同じ“ものさし”で量ることができる
  • 1本は、きれいに4等分できる「量」として扱う

この前提を置いた瞬間に、はじめて
「だから、1本を4つに分けた1つぶんを1/4本って呼んでいいよね」
「それを3本分集めたから3/4本だね」
という話ができるわけです。

つまり、「前提を決める」=考える世界のルールを自分で作ることと言いかえられます。

2|なぜ子どもはここでつまずくのか?(発達の視点)

2-1 離散量の世界から、連続量の世界へジャンプしているから

小学校の子どもたちはまず、
・りんご3こ
・子ども4人
のような「数えて終わりの世界(離散量)」に慣れています。

分数に入ると、
・1本を4つに割る
・1/4本が3つ集まる
といった「割ってもいい量(連続量)」の世界にジャンプする必要があり、ここで発達的な負荷がかかります。

研究でも、子どもにとって分数が大きなつまずきであること、
また「自然数の感覚」のまま分数を理解しようとして混乱することが指摘されています。

2-2 発達段階と「前提」の扱い

発達心理学の視点から見ると、「前提を意識して考える」ことはそもそも高度な思考です。

・低〜中学年:公平な分け方は得意だが、前提を言語化するのは難しい
・高学年:具体例と関連づければ「同じだと決めているから」を理解
・中学生以降:前提を置く/変えるという仮説的思考が育ち始める

つまり、「1本の量が書いてないのに、なんで分けられるの?」という疑問は、
発達的にとても健全な“良いつまずき”だと言えます。

3|前提を動かすことが、発明やイノベーションそのもの

3-1 ニュートン:摩擦のない世界という前提

現実では、ものを押すとすぐ止まります。
でもニュートンは思考実験で
「もし摩擦も空気抵抗もゼロだとしたら?」
という前提を置きました。

これによって運動の法則がシンプルに表現され、現実の運動も数学で扱えるようになったのです。

3-2 アインシュタイン:光の速さを“変わらないもの”と決める

アインシュタインは相対性理論で、
「真空中の光速は常に一定である」
という前提を採用しました。

その結果、
・時間の進み方が変わる
・空間が縮む
・同時刻の概念が揺らぐ
といった新しい世界が開けました。

ここでも起きているのは、
「前提を置き直すと、世界の見え方が変わる」という現象です。

4|子どもに育てたいのは、「前提を自分で立てる力」

数学教育の研究では、現実の状況を数式や図にするモデル化活動において、
どんな前提を置くか/意識できるかが理解の質に大きく影響することが示されています。

家庭でできるサポートは、難しい理論を教えることではなく、問いを少し変えることです。

① 問題文から「暗黙の前提」を探す

「この問題って、何を同じと決めてるのかな?」
「書いてないけど、決めていることってありそう?」

ジュースの問題なら、
「3本とも同じ量だって決めてるから、分ける話ができるんだよね」
と言葉にしてあげる。

② 前提を変えて「もし〜だったら?」と遊ぶ

「もし3本のジュースの量がバラバラだったら?」
「もしコップが3つしかなかったら?」

こうした遊びは、仮説的・仮想的な推論の入口になります。

5|算数力・思考力・論理力の発達課題として

分数や割り算でつまずく子どもに対して、計算ドリルを増やすだけでは解決にならないという研究も多くあります。

むしろ重要なのは、
・どんな量を扱っているかを理解する力
・どの前提で考えているかを言葉にできる力
・前提を変えたらどうなるかを考えてみる力

という数学的な“世界の見方”です。

ここで身につく力は、
・算数の文章題を読み解く力
・中学以降の数学・理科の論証
・研究・技術・ビジネスの発想
へとつながっていきます。

まとめ:前提を動かせる子は、世界も動かせる

算数は、前提条件を決めた世界の中で成り立つ学問。

子どもが「書いてないのに、なんで?」と聞くのは、前提に気づきはじめたサイン。

分数のつまずきは計算ではなく「量の見方」「前提の置き方」に深く関係しています。

ニュートンもアインシュタインも、前提を置き直すことで新しい世界を発見しました。

ジュース3本の割り算の裏側には、
前提を自分で立てる力=世界をどう見るかを選ぶ力が隠れています。

ここを意識してあげるだけで、お子さんの算数の学びは、
「計算の練習」から一段深い“ものの見方を育てる時間”に変わっていきます。

▶ SheSTEM 公式YouTubeチャンネル

子どもと一緒に考える算数|動画はこちら

投稿者アバター
shestem_editor
大学では、理学部物理学科で 量子力学 を専門に学びました。 “目に見えない世界を数式でどう理解するか” という量子の考え方に魅かれ、抽象的な現象を丁寧にモデル化するゼミに所属していました。 その後、大学院では、数学教育と認知心理学を学び、 子どもが “数や式に不安を感じる理由” を 理解の段階・思考の負荷・大人の前提の影響などから分析研究しています。 量子力学で培った、「抽象を具体に落とす力」「複雑さを構造化する力」を生かし、保護者がつまずきやすい算数の誤解や思い込みを、やさしく、論理的にひも解いていきます。 “まちがいには必ず理由がある” を信条に、お子さまだけでなく、オトナ・保護者のみなさまも一緒に算数リテラシーを育んでもらえたら嬉しいです。

    コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です