算数はセンスやひらめきじゃない。中学受験算数の良問で鍛える「着眼力」の育て方

“考え方”をどう育てるか?に興味のある方は、
算数シンキングエンジン|“つまずく前”を鍛える6つの思考トレーニング もぜひご覧ください。

1.この問題で伝えたいこと――公式だけ知っていても、三角形は見えてこない

渋谷教育学園渋谷中学校2022年算数問題の図(見直した図形)

この問題は、「三角形の面積を求める問題」ですが、三角形の面積の公式(面積=底辺×高さ÷2)を知っているだけでは解けません。

また、中学受験の対策では、

  • 30°‐60°‐90°三角形の「辺の比」を暗記しておくこと
  • それを根拠に「30°の向かいは斜辺の半分だよ」と説明すること

といった、その知識を覚えているかどうかでしか解けないような教え方も少なくありません。

一方で、こうした問題に向き合うとき、保護者の方のなかには、

  • 「うちの子にはセンスがないのかも」
  • 「こういうのは、ひらめきがある子じゃないと無理なのかな」

と、不安になったり、少しあきらめに近い気持ちを抱えている方も多いと思います。

でも、ここでお伝えしたいのは、「センス」や「生まれつきのひらめき」だけで決まるわけではないということです。

この図を前にして、「どこを底辺と見るか」「どう図を見直すか」「なぜ正三角形をつくろうと思えるのか」といった力は、もともと持っている才能ではなく、図の見方や考え方を練習することで育てていける力です。

SheSTEMでは、単に知識を覚えることではなく、

  • 図形をタテ・ヨコ・ナナメから捉え直す力
  • 「あ、こう見直したら分かりやすい!」という気づきにつながる思考力

を大事にしています。

この記事では、この問題を、「知識だけではなく、図の見方や着眼点の大切さ」が伝わる代表的な一問として取り上げながら、センスやひらめきだけに頼らない算数の力の育て方をお伝えしていきます。

2.考え方の道すじと、子どもの頭の中で起きていること

ステップ 解き方 子どもの頭の中で起きていること/つまずきポイント/求められる力
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問題の条件を確認する

  • 三角形ABC
  • AB=AC=5cm(=二等辺三角形)
  • ∠A=30°
  • この三角形の面積を求める
  • 使う公式はただひとつ:三角形の面積 = 底辺 × 高さ ÷ 2
ステップ0の図1 ステップ0の図2

頭の中で起きていること
「あ、三角形の面積の公式だ」「二等辺三角形なんだな」と“習ったこと”を思い出す。
公式を「覚えているかどうか」までは、多くの子がクリアできる。

つまずきポイント
公式を覚えたところで安心してしまい、「じゃあどこが底辺?高さ?」という“次の一歩”が出てこない。

求められる力

  • センサーモニター力:公式を知っていても、「この図のどこに当てはめるのか」がまだ分かっていない“モヤっと感”に気づけるかどうか。
  • 意味表現力:頭の中で「底辺どこ?高さは?」と自分に問いを立てられるか。
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ステップ① 三角形を「くるっと倒して」、長さが分かる辺を底辺にする

  • もとの図は、下にBC、頂点にAが来る「きれいな二等辺三角形」に見える。
  • 多くの子はまず、頂点Aから下の辺BCに向かって高さをおろそうと考える。
  • しかし、このやり方ではBCの長さも、高さの長さも分からず、今習っている公式だけでは数値が出てこない。
  • そこで発想を切り替え、三角形(または紙全体)をくるっと倒して、長さ5cmと分かっている辺ACを横向きの「底辺」にしてしまう。
  • 図形を回しても、三角形の形も面積も変わらない。
ステップ1の図:もとの二等辺三角形の向き ステップ1の図:三角形をくるっと倒して底辺を替えた図

頭の中で起きていること
見た瞬間は、
「きれいな二等辺三角形だから、AからBCに高さをおろせばよさそう」
と感じます。実際に、そこから考えはじめるのはごく自然です。
ところが、その高さの長さは、この段階の知識(面積の公式だけ)では出てきません。
「あれ、いつものやり方なのに数字が出てこない…」という行き詰まりとモヤモヤが生まれます。

つまずきポイント
見た目どおりの「正しそうなやり方」に固まりがち。
「きれいな図=この形のまま解かなきゃいけない」と思い込み、AからBCに高さをおろす以外の方法を考えにくくなります。
「図を回してもいい」「底辺を別の辺にしてもいい」という発想が出てこないのが大きな壁です。

求められる力

  • センサーモニター力:「正しそうなやり方なのに、先に進めない」というモヤモヤに気づき、「別の見方が必要かも」と感じられる力。
  • 空間根拠力:図をくるっと倒しても同じ三角形・同じ面積だと理解し、「解きやすい向き」に変えてみようとする感覚。
  • 実行ロジック機能:「じゃあ、5cmの辺を底辺にしてみよう」と、発想の転換を具体的な操作に落とし込む力。
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ステップ② Bから底辺に「まっすぐ」線をおろす(高さを作る)

  • 底辺をACと決めたので、こんどは高さがほしい。
  • 頂点B(てっぺん)から底辺ACに向かって、まっすぐ下に線BDを引く。
  • これが三角形の「高さ」。
  • 三角形ABDとCBDの二つの三角形ができる。
ステップ2の解き方の図

頭の中で起きていること
「底辺が決まったから、次は高さだよね」と公式の形を意識できる子もいる。
ただし、「高さ=底辺に対して直角の線」というイメージが弱いと、斜めに線を引いてしまったり、違う頂点から下ろそうとすることも。

つまずきポイント
「高さ」は“てっぺんから真下”ではなく、底辺に対して直角という定義があいまいなままになりがち。
二等辺であること(AB=AC)を使わずに、とりあえず線を引いてしまう。

求められる力

  • 数量・数理の中核:「底辺×高さ」という式の“高さ”の意味(垂直な長さ)をイメージできること。
  • 構造視覚推論:二等辺三角形に高さを下ろすと、左右が対称になる・底辺が真ん中で分かれるという“構造”を見抜く準備。
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ステップ③ 角度を利用して「60°」を見つける

  • 三角形ABDに注目。
  • ∠Dは、BDを「まっすぐ下に」おろしたので90°。
  • ∠Aは30°と問題の条件で分かっている。
  • 三角形の内角の和は180°なので:
    ∠B(ABDの角)= 180 − 90 − 30 = 60°
  • ここで、60°という数字が出てくる。
ステップ3の図1 ステップ3の図2

頭の中で起きていること
「三角形の内角の和は180°だよね」と計算ルールを思い出す。
計算自体はできても、「60°が出たこと」の意味まで意識できない子も多い。

つまずきポイント
60°が出ても、「あ、そうなんだ」で終わってしまい、そこから次の一手(正三角形)につながらない。

求められる力

  • 数量・数理の中核:180°から引き算して角度を求める、基本的な数の処理。
  • 構造視覚推論:60°という値を見たときに、「正三角形(60°が3つ)に関係しそうだ」という“構造感覚”を持てるかどうか。
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ステップ④ 60°から「正三角形」を作る

  • 60°が出てきたら、「正三角形」を思い出す。
    正三角形 = 3つの辺がすべて等しく、3つの角がすべて60°。
  • いま、辺ABの長さは5cm、その両側の角の一つが60°という状況。
  • そこで、
    「AB=5cmを1辺とする正三角形をここにくっつけられる」
    と考える。
  • 実際の図では、ABを1辺とする正三角形を外側に赤線で描き足し、正三角形の3つめの頂点がBDの延長線上に来るように描いている。
ステップ4の解き方の図

頭の中で起きていること
うまくいっているとき:
「60°があったら、正三角形をイメージできるかも」
「同じ長さの辺が3本そろっている状態を作ればいいんだな」
単なる「計算結果の60°」を、“意味のある形”に引き上げられるかどうかが勝負。

つまずきポイント:60°は見えても、「正三角形を作る」発想が出ない
「正三角形」という言葉は知っていても、自分で図の中に“生やす”経験が少ない。
「今ある線をどう使えばいいか」ばかり考えてしまい、新しく図形を作り足してもいいという感覚が育っていない。

求められる力

  • 構造視覚推論:図の中に「正三角形の種」を見つけて、それを完成させるイメージ力。
  • 空間根拠力:既存の図に、頭の中で新しい辺を描き足しても“ごちゃごちゃにならない”空間的な把握力。
  • 実行ロジック機能:「じゃあ、この60°を使ってABと同じ長さの辺を描き足そう」と行動に変えるステップ。
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ステップ⑤ BDが「正三角形の一辺の半分」だと分かる

  • △ABE が AB=AE=BE=5cm の正三角形 であることを思い出す。
  • AD が BE に垂直で、AD ⟂ BE、つまり A から辺 BE におろした「高さ」になっている。
  • 正三角形を、線 AD を折り目にパタンと折りたたむイメージをすると、B と E がぴったり重なるので、AD は底辺 BE の真ん中(中点)を通ると考えられる。
  • だから、D は BE の中点 になり、BE(5cm)が BD と DE の2つに同じように分かれていると分かる。
  • したがって、BD = 5cm の半分 = 2.5cm と分かる。
  • これが、求めたかった「高さ」。
ステップ5の解き方の図

頭の中で起きていること
△ABE が正三角形で、BE=5cm だと分かっている。
さらに、AD が BE に垂直なので、AD は「正三角形の高さ」になっていると考える。
この線 AD を折り目にして三角形をパタンと折ると、辺ABとACが重なり、点BとEも重なるはずだとイメージする。
だから「Aからおろした垂線ADは、底辺BEのちょうど真ん中を通る=Dは中点だ」と気づく。
「同じ長さが2つで5cmだから、1つ分は2.5cmだね」と考える。

つまずきポイント
「正三角形を折りたたむと左右が重なる」という対称性のイメージが持てず、D が中点と分からない。
「5cmを同じ2つに分ける=2.5cm」という“半分”の数量感覚が持てない。

求められる力

  • 構造視覚推論:線 AD を折り目にしたときに左右が重なるイメージをもち、「中点で分けられている」構造(対称性)を見抜く目。
  • 数量・数理の中核:「5を同じ2つに分けると2.5と2.5」という、分数・小数を伴う“半分”の感覚。
  • 意味表現力:「どうして半分って分かったの?」と聞かれたときに、「折りたたむと左右が重なるから」と図を指しながら説明できる力。
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ステップ⑥ 面積の計算

  • 底辺 AC = 5cm
  • 高さ BD = 2.5cm
  • 面積 = 5 × 2.5 ÷ 2 = 6.25(平方センチメートル)
  • 以上が、「三角形の面積公式だけ」と「正三角形の形の性質」で解く流れ。
ステップ6の解き方の図

頭の中で起きていること
ここまでくれば、計算は“作業”に近い。
ただし、「なぜこの5が底辺で、この2.5が高さなのか」が分からないまま式だけ覚えていると、似た問題で混乱する。

つまずきポイント
底辺と高さの対応がごちゃごちゃになり、「とりあえず数字をかけて2で割る」だけになる。

求められる力

  • 数量・数理の中核:式の中の数が「図のどの長さ」を表しているかをイメージしながら計算する力。
  • 意味表現力:「この5はここ、この2.5はここ」と図と式を行き来しながら説明できること。

3.この問題で働いている SheSTEM の「6つの思考Roots(根っこ)」

SheSTEMでは、算数の問題を「正解・不正解」だけで見るのではなく、
その裏でどんな力が働いているか SheSTEMの「6つの思考Roots(根っこ)」 で整理しています。

今回の問題で特に働いているのは、次の6つです。

① センサーモニター力
いつものやり方(AからBCに高さをおろす)では高さが出てこない、という行き詰まりやモヤモヤに気づく力。
「あれ、おかしいな」と感じられることが、「別の見方を試してみよう」という出発点になります。
② 空間根拠力
三角形をくるっと回しても同じ三角形であり、面積も変わらないと理解する感覚。
図形の向きや見え方に惑わされず、「中身は同じ形だよね」とつかまえられる力です。
③ 構造視覚推論
高さをおろしたあとの三角形ABDの角度から60°を見つけ、
「ここに正三角形が作れそうだ」と図の中のパターン(構造)を読み取る力。
BDが正三角形の辺のちょうど半分になっていることに気づくのも、この力です。
④ 実行ロジック機能
「図を回した方が良さそう」「正三角形が作れそう」という気づきを、
実際に手を動かして描いてみるところまでつなげる力。
頭の中のアイデアを、行動の手順に落とし込む「段取り力」です。
⑤ 数量・数理の中核
三角形の内角の和が180°であること、正三角形の性質、5を半分にすると2.5になることなど、
数や式の意味を理解して扱う力
ただ公式を暗記するのではなく、「この180は何の和?」「この2.5は何の半分?」と結びつけて考えます。
⑥ 意味表現力
「どうして図を回したのか?」「どうしてBDが2.5cmだと言えるのか?」を、
図を指さしながら自分の言葉で説明する力
この力が育つと、単に“なんとなく解けた”ではなく、「分かった!」がしっかり自分のものになります。

親が「ちゃんと教えなきゃ」と構えるというより、
子どもの「気づき」や「考えようとしている時間」に付き合ってあげることが、
目の前のテストの点だけではなく、
新しいことに出会ったときに「自分で考えてみよう」「まずやってみよう」と一歩踏み出せる土台になっていきます。

それは、算数や理科の問題に向き合うときはもちろん、
本を読むとき、人の話を聞くとき、友だちや家族と意見を交わすときなど、
これから子どもが出会っていく、さまざまな学びと経験を支える
「考える力の根っこ」そのものです。

こうしたRootsを、“テスト対策”ではなく考え方そのものを鍛える教材として形にしたのが、 SheSTEMの 算数シンキングエンジン です。

4.なぜ「3辺の比の暗記」に頼りすぎるのはよくないのか?

中学受験の対策では、
90°・60°・30°の直角三角形では、30°の向かい側のいちばん短い辺の長さは斜辺の半分になる、
という性質を、「この形が出てきたらこう解くんだよ」という解き方の“型”や“定石”として、
そのまま暗記させてしまうことがよくあります。

暗記していることやテクニック自体が悪いわけではありません。
ただ、それ「だけ」でしか解けないようになってしまうと、本来この問題で経験してほしい
「きれいな二等辺三角形をまずは正攻法で考えてみる」
→「うまくいかない“行き詰まり”に気づく」
→「図の見方や底辺の取り方を変えてみる」
というプロセスを飛ばしてしまいます。

その結果、子どもたちの中に、次のような問題が起こりやすくなります。

❶ 「見た瞬間にパターンを探す」クセがつく

  • 問題を見る。
  • 「これはあのパターンかな?」と“当てはめ先”を探す。
  • パターンにハマらない問題が出た瞬間、手が止まる。

この問題でいえば、

本来なら、まずはきれいな二等辺三角形をそのまま眺めて
「AからBCに高さをおろしたらどうなるかな?」と考えてみて、
「あれ、高さの長さが出てこないぞ」という行き詰まりに気づく流れがあります。

ところが、最初から
「あ、30°があるから、30°‐60°‐90°だ」
→ 比を当てはめて高さを出す。

という解き方だけになり、

  • なぜ60°が出てきたのか。
  • なぜ正三角形を作ると分かりやすいのか。

といった図の構造を見る目が育ちません。

❷ 図の向きや形が少し変わると、急に「別世界の問題」になる

たとえば、

  • 三角形の向きが上下逆だったり、
  • 30°の位置がちょっと違っていたりすると、

「いつもの図と違う」と感じた瞬間に、テクニックが使えなくなります。

本来は、図を少し回したり、底辺の取り方を変えたりするだけで、
セクション2で見たのと同じ考え方で解けるのに、

「これは習っていないパターン」

と判断してしまいがちです。

❸ 「考え方の楽しさ」「気づきの快感」を経験しにくい

この問題のように、

  • 自分で図を回してみる。
  • 高さをおろして対称性を見つける。
  • 正三角形をくっつけて「あ、ここが半分なんだ」と気づく。

というプロセスには、
「あ、分かった!」という小さな成功体験がたくさん詰まっています。

テクニックだけで処理してしまうと、

「なんとなく分かったような、分からないような」

という感覚のまま、
「覚えさせられたことを使うだけの算数」になってしまいがちです。

6.保護者としてできる声かけのヒント

最後に、動画や問題を見たあとに、
ご家庭でかけられると良い「一言」をいくつか挙げておきます。

  • 「底辺って、必ず“下の線”じゃないとダメなのかな?」
  • 「この図のままだと、高さどこからどこか分かりやすい?分かりにくい?」
  • 「もし紙をくるっと回してもいいとしたら、どんな向きにしたら解きやすくなりそう?」
  • 「60°が出てきたとき、何か思い出す形あるかな?」(→正三角形につなげる)
  • 「どうして、ここが“半分”って分かったの?」

こうした問いは、

  • 正解を当てさせるため、というより
  • 子ども自身の「気づき」を言葉にしてあげるためのものです。

それが、そのまま SheSTEMの思考のRoots(根っこ)

  • センサーモニター力
  • 空間根拠力
  • 構造視覚推論
  • 実行ロジック機能
  • 数量・数理の中核
  • 意味表現力

を育てるトレーニングになります。


算数の“ひらめき”はセンスではなく、考え方の積み重ねで育ちます。
SheSTEMの教材 算数シンキングエンジン では、 中学受験の「良問」で問われるような着眼力や論理的思考を、楽しく体系的に鍛えることができます。

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香港出身。工学部機械工学科で、 「しくみを数理で読み解く」機械力学・制御工学を専攻しました。 複雑な現象をモデル化して理解する機械工学の学びを通じ、学びでは、 “なぜそうなるのかを構造で説明する力” の大切さを感じています。 機械工学で培った 論理性 × 図式化 × しくみ思考 を、 算数教育や認知心理学に応用し、 「子どもが数や式につまずく理由」 を 心理的負荷・理解のステップ・思い込みの影響から丁寧に紐解いていきたいと思います。 香港の中学校での教員経験も踏まえ、異文化的な視点から「学び方の多様性」も大切に、保護者の“教え方の不安”をやわらげ、 子どもが算数を意味から理解できるよう後押ししていけるよう頑張ります!

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