「地図が読めない女」は本当か
「私、地図が読めない女なんで……」
こんな言い方、会話の中で聞いたことがある人は多いと思います。初めて行く場所でスマホを見ながら、少し笑いを交えてさらっと言う。よく耳にするのではないでしょうか。
でも、ふと立ち止まって考えたくなります。女子は地図が読めないのは「あるある」なのでしょうか。
地図を読むとき、頭の中で起きていること
地図を読むのが得意か苦手かという話は、単に道を覚えているかどうかではありません。
地図を見るとき、人は頭の中で空間を組み替えています。今自分がどちらを向いているのか。地図の上の北と、自分の向きはどう違うのか。右に曲がると地図ではどちらに進むのか。こうしたことを考えるとき、人は頭の中で向きや形を動かしています。
この力が、メンタルローテーションです。
メンタルローテーションとは、頭の中で図形や空間の向きを回したり、位置関係を保ったまま見え方を変えて考えたりする力です。地図を読むのが得意かどうかというのも、その能力のひとつとして現れる場面です。
メンタルローテーションと「思考のOS」
SheSTEMでは、子どもの学びの土台を6つの思考のOSとして整理しています。
- 気づく力
- 空間根拠力
- 構造視覚推論
- 実行ロジック機能
- 数量・数理の中核
- 意味表現力
ここで大切なのは、メンタルローテーションは思考のOSそのものではないという点です。
思考のOSは、思考の土台の分類です。
一方、メンタルローテーションは頭の中で図形や空間を動かして考える能力です。
SheSTEMが大切にしている6つの思考のOSについては、 こちらのページ で詳しく紹介しています。
メンタルローテーションを支える2つの思考
メンタルローテーションは、単独の能力として存在しているわけではありません。
頭の中で図形を回して考えるとき、実際には2つの思考が働いています。
空間根拠力
どこを基準に見るか、向きや位置をどう捉えるか、自分と対象の関係をどう整理するかといった、空間の基準をつかむ力です。
例えば地図を見るとき、「今自分はどちらを向いているのか」「北はどちらか」「地図の右は現実ではどちらか」といった基準を整理する力です。
構造視覚推論
形がどのような構造でできているか、向きが変わっても同じ形だと理解できるか、見え方が変わっても関係を保って考えられるかといった、形の構造を理解する力です。
空間の基準を捉える力と形の構造を理解する力
この2つが組み合わさることで、頭の中で図形を動かして考えるメンタルローテーション
が成立します。
そのため、メンタルローテーションを高めるには、単に図形問題を解くだけではなく、
この2つの思考OSを鍛えることが重要になります。
空間の思考は理系の入口につながる
空間に関わる思考は、図形問題を解くことやテスト対策のためだけにあるのではありません。
デザイン、建築、設計、エンジニアリング、テクノロジー、ものづくり
こうした分野では、形をイメージする力、位置関係を理解する力、向きを変えて考える力が土台になります。
空間の思考は、理系分野の入口とも深く関わっています。
女子が図形から離れ始めるタイミング
世界中の研究で共通して指摘されていることがあります。
小学校高学年から中学生頃にかけて、女子の空間認識への自信が下がりやすいという傾向です。幼児期から小学校初期には大きな差が見えにくくても、学年が上がるにつれて空間課題に対する自信や自己評価の差が広がりやすいことが報告されています。空間認識の男女差が小学校段階から現れ始めることを指摘する研究でも、この傾向が確認されています。
能力そのものが急に変わるわけではありません。しかしこの時期から、「図形は少し苦手かもしれない」「理系っぽいことは自分には向いていないかもしれない」と感じ始める女子が増えると言われています。図形に関わる力の中核には、空間能力(spatial ability)やメンタルローテーションがあり、空間能力と数学・STEM分野の関係を整理した教育研究でも、図形理解や理系分野との関連が指摘されています。
アンコンシャスバイアスという背景
女子が図形に苦手意識を持つ要因のひとつとしてアンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)があげられています。
例えば、「理系は男子のもの」「女子は図形が苦手」。こうしたイメージは、はっきりと言葉にされることは少なくても、社会の中に長く存在してきました。文化や経験の違いが空間能力の差に影響することを示した研究や、ステレオタイプが空間課題の自己評価に影響することを示す研究でも、社会的な要因の影響が指摘されています。
昔からの言い回し。何気ない会話。褒められ方の違い。遊びの選ばれ方。こうしたものが重なることで、子どもたちの中に「自分もそうなんだ。苦手かもしれない」という感覚が生まれることがあります。
SheSTEMが考えていること
大切なのは、子どもがさまざまな分野に触れる前から、自分とは関係ないものだと思ってしまうことを減らすことです。
地図も、図形も、デザインも、テクノロジーも、ものづくりも。最初から「自分の世界ではない」と感じるのではなく、「ちょっと面白いかもしれない」「やってみてもいいかもしれない」と思えるきっかけを増やしたい。
SheSTEMが目指しているのは、子どもたちの選択肢を増やすことです。
理系の選択をする前に、触れる前から遠ざかってしまうのは、やはりもったいない。
「地図が読めない女」という言葉を、あるある話として終わらせるのではなく、その言葉が自然に通じてしまう空気の中で、子どもたちの選択肢が狭くならないようにすること。それが、SheSTEMが取り組んでいることです。



