手を使わずに〈頭の中で動かす〉力――メンタルローテーションと空間認識の話

木製ブロックを積み上げて遊ぶ幼児の手元の写真。立体遊びを通して空間認識力・メンタルローテーションの土台が育つイメージ

1. 立方体を「右 → 左 → 上」に回転させる問題から見える力

今回の動画では、色のついた立方体を使って、 手は使わず、頭の中だけで「右 → 左 → 上」と回転させてみる という、“頭の体操”でした。

【YouTubeショート動画はこちら ↗】

テーブルの上に立方体がひとつ置いてあり、自分のほうを向いている面に色がついている場面を思い浮かべます。 そこから、立方体全体を次の順番で回転させることをイメージします。

  1. 自分から見て 右向きに 90° 回転させる
  2. 続けて 左向きに 90° 回転させる
  3. 最後に 上向きに 90° 回転させる

ここで大事にしているポイントは、あえて次の 2 つを「しない」ことです。

  • ① 手で立方体を転がすマネはしない。
    本当は、つい手でコロコロ転がしたくなりますが、ここではガマン。
    「手で確かめる前に、まず頭の中でやってみる」がねらいです。
  • ② 紙に図を描いたり、実物を作ったりしない。
    展開図や積み木を使えばもちろん楽になりますが、いちど 「頭の中だけで」立体を追いかけてみる経験を優先します。

つまり、 自分の頭の中に立方体のイメージを置き、それを「右 → 左 → 上」と順番に回転させていく という、 “頭の中のイメージ操作だけで答えを出す” ところに、この問題の価値があります。
(ここでは、目や手で実物を動かす「外側の操作」ではなく、脳の中で立方体を動かす 「内側の操作」そのものをトレーニングしています。)

うまく追いかけられたとき、 「今、頭の中で立方体がクルッと動いた!」という感覚が、一瞬だけでもあったかもしれません。
この“頭の中で動いた感覚”こそが、メンタルローテーションです。

2. メンタルローテーションとは?(脳の中で何が起きているか)

メンタルローテーション(mental rotation)は、脳科学・認知心理学では 「心の中に思い浮かべた図や形の向きを変えながら考えるときの、脳のはたらき」 として説明されています。

目の前に実物がなくても、「頭の中の立方体」「頭の中の地図」「頭の中の図形」をクルッと動かして、 位置関係を確かめる力です。

この概念を有名にしたのが、心理学者 Roger N. ShepardJacqueline Metzler が 1971 年に行った有名な実験です。 三次元ブロックでできた不思議な形を 2 つずつ見せて、

「これは向きを変えただけで同じ形か? それとも別の形か?」

を答えてもらい、答えが出るまでの時間を測りました。

この実験から、人間は形をただ“ながめている”のではなく、
頭の中で実際に立体を回しながら「同じ形かどうか」を判断していることが、実験的に確かめられました。

※参考(英語・原著論文):
Mental Rotation of Three-Dimensional Objects(Shepard & Metzler, 1971) ↗

3. なぜメンタルローテーションが大事なのか?

メンタルローテーションは、教科書に出てくる図形の問題だけに関わる力ではありません。 脳科学・STEM教育の研究では、“思考の土台”として重要な役割をもつ力だと考えられています。

① 情報を“動かしながら”理解できる

見たものをそのまま暗記するのではなく、

  • 向きを変える
  • 組み合わせ方を変える
  • 別の角度から見直す

といった「頭の中で並べ替えたり、つなぎ替えたりする力」が育ちます。

たとえば算数・数学なら、

  • 図形の問題で、「ここに線を足したらどう見えるかな?」と頭の中で区切り方やつながり方を試してみる
  • グラフを見ながら、「もしここが2倍になったら?」など別パターンを仮定して考える

といったときに、見えていない関係を仮説として立てて試す力につながります。 これは、いわゆる「丸暗記型の学び」から、 構造を理解して、別の問題にも応用できる学びへ移っていくための大事な土台です。

② 抽象的な学び(数学・プログラミング・デザイン)の基盤になる

多くの研究で、「空間認識能力(頭の中で物体を回転させる力=メンタルローテーションを含む)が、 STEM 分野(科学・技術・工学・数学)の学習成績や進路選択と強く関連していることが示されています。

たとえば…

  • 図形を別の向きから考える
  • 立体の展開図・投影図をイメージする
  • プログラムの「右回転・左回転・回転後の位置」を感覚的に扱う
  • 3D モデリングやプロダクトデザインで、頭の中で形を組み立てる
  • データやグラフを見て、「もしこう動いたら?」という仮説を立てて比較する

こうした課題はすべて、 「見えていない状態」を頭の中で動かして確かめる ことが前提になっています。

描かれている図形そのままの状態では解けない問題に対して、 「ここに一本線を足したら、わかりやすくならないかな?」、 「この部分で分けて考えたら、整理できそうだな」と考えながら、補助線や切り分け方を工夫して、見えにくい関係を浮かび上がらせていきます。
こうした「元の図のままでは見えない解き方を、自分でつくり出す」練習にも、メンタルローテーションはつながっています。

③ 実生活の「空間のセンス」として効いてくる

授業の外でも、この力はずっと使われ続けます。たとえば…

  • 料理の段取りを組む
    3品を同時に仕上げるために、 「この鍋を火にかけている間に、あっちを切って、最後にこれを温め直して…」と、 位置とタイミングを頭の中で組み立てます。
  • 一日の予定や移動ルートを頭の中で組み立てる
    「この打ち合わせのあとにここへ寄って、帰り道でこれを買って…」と、 地図と時刻を同時にイメージしながら、効率のよいルートを考えます。
  • スポーツで人やボールの動きを予測する
    サッカーやバスケットボールなどで、 「この方向にパスが出たら、次はここへ走るだろう」と、 数秒先の位置関係を頭の中でシミュレーションすることで、 先回りして動ける・ぶつからずに安全にプレーできる という形で役に立ちます。
  • 初めての場所で道順を覚える
    一度歩いたルートを「頭の中の地図」として回転させ、 別の方向から戻るときにも迷わず歩けるようになります。

こうした “空間を扱う” さまざまな場面で、 メンタルローテーションを含む空間能力が働いています。つまりこれは、 「目の前の状況や配置を頭の中で整理し直し、『どうなっているか』『どう変わるか』を考えるための、思考の基礎体力」 と言える力です。

4. 子どもはどこでつまずきやすいのか?

今回の「右 → 左 → 上に回転させる」問題は、 そもそも情報処理として難易度が高いので、大人でも迷うことがあります。

とくに子どもにとっては、次のような“複合タスク”を 同時にこなさなければならないため、なおさらハードルが高くなります。

● どの向きに回したかを覚え続ける

「右 → 左 → 上…」という回転の順番を、頭の中でキープしたまま考え続ける必要があります。 これは、心理学でいう「ワーキングメモリ」の働きです。

ワーキングメモリとは、 考えごとをしているあいだだけ、必要な情報を一時的に置いておき、 同時にそれを使って考えを進める“頭の中のメモ帳”のような仕組み のことです。

※ワーキングメモリについて:
Working Memory(The Decision Lab) ↗

子どもはこのワーキングメモリの容量がまだ発達途上なので、 「順番を覚えながら考える」だけでも、かなり負荷がかかります。

● 色のついた面の位置を、回転のたびに更新する

回すたびに、 「さっきまでここにあった色が、今はどこに移動したか?」を、 イメージの中で追いかけ続けなければなりません。

これは、「動く情報を、そのつど最新の状態に書き換え続ける」 という作業で、ワーキングメモリと空間認識が一緒に働いています。

● 自分から見た向きで、毎回とらえ直す

立方体の向きが変わるたびに、 「いま自分のほうを向いている面はどれか?」を、その都度考え直さなければなりません。

「立方体の向き」と「自分の視点」の両方を頭の中で管理しながら、 そのつど“自分目線での前面”を更新していく必要があります。

しかもこれらすべてを、

  • 手を使わず
  • 図も描かず
  • 頭の中だけで

行うことが求められています。

迷ってあたりまえの負荷がかかっているので、 「できない=センスがない」ではなく、 「かなり高度なことにチャレンジしている」 と捉えてあげることが大切です。

だからこそ、小さいうちから「少し難しい空間操作」にゆっくり取り組む経験が、 算数・理科・デザイン・エンジニアリングの理解を、感覚レベルからじわじわと支えていきます。

5. メンタルローテーションは“速さ勝負”ではない

「メンタルローテーション」と聞くと、つい「どれだけ速く正解できるか」が気になってしまいます。 ですが、土台づくりの段階では、速さはまったく重要ではありません。

大事なのは、この流れを自分のペースで丁寧にたどれることです。

見る → イメージする → 回転させてみる → 位置関係の変化がわかる

最初は、こんな声かけで十分です。

  • 「右に回したから、この面はこっち側かな?」
  • 「ここから上に回したら、今度はどうなる?」

親子で声に出しながら、ゆっくり一緒に追いかけてみてください。
「あ、今、頭の中でちゃんと回せた!」という小さな成功体験が、 その後のスピードや正確さにつながっていきます。

6. 今日からできる!親子で楽しむ空間認識ミニ問題

ここからは、家で今日からできる追加の空間認識問題を、 今回のテーマに合わせて 3 つ紹介します。

📘 追加問題①|「右 → 左」に回したら?

  1. 箱や積み木をひとつ用意し、「自分のほうを向いている面」にシールや色をつける
  2. 「この箱を、自分から見て右向きに 90° 回したら、シールはどこを向くかな?」
  3. 「じゃあ、その状態から左向きに 90° 回したら、今度はどこを向く?」

実際に手で回す前に、 「まずは頭の中だけで答えを想像してみようか」と一言そえて、 最後に一緒に手で確かめてみると、 「考える → 確かめる」の流れが自然に身につきます。

📘 追加問題②|上から見たら、どう見える?

紙に「立方体を上から見た図」(上面の四角と、まわりの輪郭)を簡単に描きます。

「この立方体を、手前側に 90° 回したら、
上から見た図はどう変わるかな?」

と問いかけて、平面図 ⇄ 立体のイメージを行き来させる練習にしてみましょう。

📘 追加問題③|展開図から立方体を想像できる?

6 マス分の展開図(十字型など)をいくつか描き、

「この中で、本物の立方体を組み立てられるのはどれだろう?」

とクイズにします。

最初は実際に切って組み立ててみて、慣れてきたら
「じゃあ次は、頭の中だけでやってみようか?」と一段階レベルを上げてみると、 自然にメンタルローテーションの練習になります。

7. 空間認識は“思考の器”を広げる力

SheSTEM Japan が大切にしているのは、 「正解できたかどうか」ではなく、「自分の頭で動かしてみたかどうか」です。

空間認識の力は、図形だけでなく、

  • 文章で描かれた場面を思い浮かべる
  • ストーリーの流れや因果関係を整理する
  • 計画や手順を頭の中でシミュレーションする

といった、「構造を理解する」さまざまな場面でも働きます。

立方体を回転させるという、一見「算数の図形」だけに見える活動の裏側で、実は、
目の前のものの向きや位置関係を頭の中で整理したり、「ここからこう動いたらどうなるか」を筋道立てて考える力が育っていきます。

8. おわりに|「手を使わずに回してみる」から始めよう

今回の「右 → 左 → 上に回転させる」問題のように、ほんの数十秒でもよいので、

「手を使わずに、頭の中で回してみる時間」

をつくることが、子どもたちの STEM の基礎体力を、少しずつ確実に育てていきます。

SheSTEM Japan では、これからも 「視点が変わるだけで意味がガラッと変わる」 空間認識の問題や活動を紹介していく予定です。

ぜひ、ご家庭でも、

  • 「今、頭の中でどう動いた?」
  • 「さっきの色の面は、今どこにある?」

と会話しながら、 “考えるってちょっと楽しい” という感覚を、親子で一緒に増やしていっていただけたら嬉しいです。

ボトルデザインと3Dモデリングで、空間認識力を「体験」してみませんか?

今回紹介したメンタルローテーションや空間認識力は、
She STEM Japan の Beauty Design Lab(ボトルデザイン × 3D〈Tinkercad〉) で、実際に「手と頭を両方使って」体験できます。

香水ボトルのかたちを観察しながら、
「倒れにくい形って?」「重心ってどこ?」を親子で考え、
最後は Tinkercad を使って 自分だけの“倒れないボトル”を3Dデザインします。

※ワークショップのプログラム内容の紹介は、
Beauty Design Lab|第1回「倒れないボトル」プログラム紹介ページ からもご覧いただけます。

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大学では、理学部物理学科で 量子力学 を専門に学びました。 “目に見えない世界を数式でどう理解するか” という量子の考え方に魅かれ、抽象的な現象を丁寧にモデル化するゼミに所属していました。 その後、大学院では、数学教育と認知心理学を学び、 子どもが “数や式に不安を感じる理由” を 理解の段階・思考の負荷・大人の前提の影響などから分析研究しています。 量子力学で培った、「抽象を具体に落とす力」「複雑さを構造化する力」を生かし、保護者がつまずきやすい算数の誤解や思い込みを、やさしく、論理的にひも解いていきます。 “まちがいには必ず理由がある” を信条に、お子さまだけでなく、オトナ・保護者のみなさまも一緒に算数リテラシーを育んでもらえたら嬉しいです。

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