女子STEM離れを5段階で考える④|数学不安と苦手意識

算数のノートを前に、不安そうな表情で問題に取り組む小学生の男の子と女の子
シリーズ|女子STEM離れを5段階で考える

第4回:数学不安と苦手意識

前回は、数・形・空間を捉える力や、試しながら考える力が、幼児期から低学年の遊びや生活の中で育つこと を見てきました。

数や量を比べる。分ける。並べる。形を動かす。変化を確かめる。考えた理由を話す。

こうした経験は、小4以降に、算数が「答えを求める学び」から「数量の関係を捉え、その関係を使って説明する学び」へ変わるときの土台になります。

しかし、算数の内容が難しくなる過程で起きるのは、理解のつまずきだけではありません。

問題を見ると緊張する。
間違えることが怖い。
指名されたくない。
答えが分かっていても自信が持てない。

算数・数学に向き合う場面で生じる、このような不安や緊張は「数学不安」と呼ばれています。

心理学では、数学不安は、数字や計算、数学の授業やテストに向き合う場面で生じる緊張・心配・恐れによって、問題解決や学習が妨げられる状態として捉えられています。一般不安やテスト不安と関連はありますが、同一ではなく、数学という教科に結びついた教科固有の不安と考えられています。(Richardson & Suinn, 1972Lauer et al., 2018

数学不安は、単に「算数ができない」という意味ではありません。一定の学力がありながら、算数・数学に強い不安を感じている子どももいます。

数学不安は、なぜ起きるのか

苦手意識や不安は、数学以外の教科でも起こります。それでも数学には、不安が生じ、その不安が学習に影響しやすい条件があります。

数学そのものが不安を生むのではありません。数学の教え方や評価のされ方、数学に対する周囲の見方が関係しています。

正解・不正解が明確に示される

考えた過程よりも、最後の答えによって「できた・できなかった」と評価されやすい教科です。

答える速さが能力として扱われやすい

暗算、計算競争、制限時間、指名などを通じて、考える速さが周囲から見えやすくなります。

以前の理解が、次の学習に影響する

分からない箇所を残したまま進むと、その後の内容でもつまずきが続きやすくなります。

「才能の教科」と捉えられやすい

一回の失敗が、「まだ分からない」ではなく「自分には数学の能力がない」という判断に変わりやすくなります。

数学では、問題の条件や途中の計算を一時的に保持しながら考える必要があります。そのために使われるのが、ワーキングメモリです。

一方、「間違えたらどうしよう」「時間がない」といった心配も、同じ認知資源を使います。数学不安が強いと、問題を考えるために使える認知資源が減り、普段ならできる計算を間違えたり、途中まで考えたことを保持できなくなったりします。(Lau et al., 2022

数学は、不安が起きやすい条件があるだけでなく、起きた不安の影響を受けやすい教科でもあります。

点数だけでは、数学不安に気づけない

ケンブリッジ大学の研究プロジェクトでは、調査対象となった数学不安の高い子どもの77%が、学校の数学テストでは標準から高成績の範囲に入っていました。

つまり、数学不安は「成績の低い子にだけ起きる問題」ではありません。

テストで点数を取れているため、周囲からは問題がないように見えていても、本人は間違えることを強く恐れていたり、数学を避けたいと感じていたりする場合があります。

たとえば、正解しても何度も確認しなければ答えられない、説明を求められると発言を避ける、時間制限があると考えられなくなる、問題を見る前から「分からない」と言う、といった形で表れることがあります。

「できるか、できないか」と、「安心して取り組めるか、不安を感じているか」は、別の軸です。

正解できる子が、自信を持っているとは限りません。
成績がよい子が、数学を好きだとも限りません。

不安がつまずきを生み、つまずきが不安を強める

数学不安と成績の関係は、一方向ではありません。

算数の内容が分からないまま進んだ経験や、テストでの失敗、答えを急かされた経験、周囲と比較された経験などは、「またできないかもしれない」という不安につながります。

一方で、不安が強くなると、考えるために必要な認知資源を十分に使いにくくなります。間違いや停止が増え、数学を避けるようになると、理解を確かめたり、学び直したりする機会も減っていきます。

理解のつまずき・失敗経験・時間や評価への圧力
数学不安が強くなる
考えるための認知資源が減る
間違い・停止・回避が増える
理解や学習経験が不足する
数学不安の
悪循環

不安と学習上のつまずきは、一方向ではなく、互いに強め合います。

研究では、学習上のつまずきが数学不安を生む方向と、数学不安がその後の成績に影響する方向の両方が示され、互いに影響し合う可能性があると整理されています。

数学が苦手だから不安になる場合もあれば、不安によって考えにくくなり、数学が苦手になっていく場合もあります。

数学不安は、女子だけの問題ではない

数学不安は、性別にかかわらず起こり得ます。女子のSTEM離れを考えるとき、数学不安を「女子特有の問題」と捉えるのは適切ではありません。

日本理科教育振興協会による高校の文理選択調査では、理系を選択しない理由の最多は「理数が苦手・嫌い」で、48.4%でした。また、共学校では男子生徒の59.0%が文系を選択しています。

この調査は数学不安そのものを測定したものではありませんが、理数系から距離を取ることが女子だけに起きているわけではないことを示しています。

小4以降、算数は計算手順だけでなく、分数、割合、単位量、比例などの数量関係を扱う学びへ変わります。意味を理解し、図・式・言葉を行き来しながら説明することが必要になるため、それまで計算ができていた子でも、難しさを感じることがあります。

そこでの失敗や戸惑いが、

「この問題がまだ分からない」

ではなく、

「自分は算数が苦手だ」

という自己認識に変わることがあります。ここまでは、男女に共通して起こり得るプロセスです。

なぜ、女子の数学不安が高く報告される研究があるのか

重要なのは、女子が生まれつき数学に不安を感じやすいと考えないことです。

ケンブリッジ大学の研究では、小学生の段階で数学の成績に男女差が見られない場合でも、女子の方が高い数学不安を報告していました。

また、6歳から12歳の子ども394人を対象にした研究でも、女子は男子より高い数学不安を報告しました。ただし、これは女子の数学能力が低いことを意味しません。(Lauer et al., 2018

小学生を対象にした別の研究では、「数学=男子」という文化的なステレオタイプが、子どもの明示的な回答と暗黙的な測定の両方で確認されました。

さらに女子は、実際の数学成績に大きな男女差が現れるより前から、男子よりも数学と自分を結びつけにくい傾向を示していました。

ここに、数学不安とジェンダーバイアスの接点があります。

算数の問題を間違えること自体は、男子にも女子にもあります。しかし、「数学は男子の方が得意」「理系は男性向き」という社会的なイメージが存在すると、女子にとってその失敗は、単なる一回の誤答ではなく、

「やはり自分は数学に向いていないのかもしれない」

と受け止める材料になりやすくなります。

教師、保護者、友人などが持つ「女子は数学が苦手」という思い込みは、女子の自信に影響し、数学の学習格差に関係するとUNICEFも指摘しています

男女共通の数学不安に、女子ではジェンダーバイアスが重なり得ることを示した図解

同じつまずきが、女子には「適性の問題」に変わりやすい

本質的な問題は、女子だけが算数につまずくことではありません。

男女共通の学習上のつまずきが、女子に対しては、ジェンダー化された自己評価へ変換されやすいことです。

算数の学びが難しくなる

理解のつまずきや失敗を経験する

数学不安、苦手意識、回避につながる

ここまでは男女共通です。

そこに「数学・理系は男子向き」というイメージが重なると、

「私は数学に向いていない」
「私は理系ではない」

という自己認識につながり、STEM・工学・ICT・ものづくりを、自分の選択肢から外す可能性があります。

ジェンダーバイアスだけで、すべての数学不安が生まれるわけではありません。また、数学不安だけで、女子のSTEM離れのすべてを説明できるわけでもありません。

算数の学習で生じる男女共通のつまずきと、女子により強く作用する社会的なイメージ。この二つが重なることで、一教科への不安が、将来の進路や職業の選択肢にまで広がっていきます。

数学不安は、第1回で紹介した女子STEM離れの5段階モデルにおける、

「男女共通の苦手意識・理系回避」

と、

「女子に強く作用するジェンダーバイアス」

をつなぐ接点です。

数学不安の悪循環を、どう断ち切るか

「大丈夫」「自信を持って」と伝えるだけでは、数学不安は解消しません。理解のつまずきを捉え直すことと、不安を生む条件を減らすことの両方が必要です。

答える速さを、数学の能力と結びつけない

不必要な時間制限や計算競争を減らし、考える時間を確保します。「早くして」「こんなの簡単でしょ」といった言葉も、子どもにとっては評価への圧力になります。

どこで分からなくなったのかを具体的に捉える

「算数が苦手」とまとめず、問題文の意味、数量関係、計算方法、図・式・言葉の行き来のうち、どこで止まっているのかを確認します。理解のつまずきには、内容を戻って学び直す支援が必要です。

不安と問題の内容を分ける

「どこまで分かった?」「何が気になって考えにくくなった?」と聞きます。心配していることを言葉や紙に出し、問題そのものと分けて扱います。

理解できた経験を積み直す

やさしい問題を解かせて褒めることだけを目的にせず、図や具体物、言葉を使い、「なぜそうなるのか」を本人が理解できる経験をつくります。個別に理解を補う指導によって、子どもの数学不安が低下した研究もあります。(Supekar et al., 2015

性別と数学の適性を結びつけない

「女の子は数学が苦手」「理系は男子向き」という言葉だけでなく、大人自身の数学への苦手意識や、男子と女子への期待の違いも見直す必要があります。

理解のつまずきには、どこで分からなくなったのかを捉え、考え方を支えることが必要です。

不安には、急かされず、間違えても考え直せる学習環境が必要です。

ジェンダーバイアスには、「数学や理系には向いている性別がある」という周囲の思い込みやメッセージを見直す必要があります。

問題を解く量を増やす前に、理解のつまずき、不安、周囲から受け取るジェンダーバイアスを区別し、それぞれに応じて支えることが必要です。

数学不安は、能力の証明ではない

数学不安は、「算数ができない証拠」ではありません。

しかし、その不安が見過ごされ、「自分は数学に向いていない」という自己認識に変わると、算数・数学を避けるようになり、本来は残っていたはずの進路の選択肢まで狭める可能性があります。

大人が見る必要があるのは、点数だけではありません。何を理解できていないのか、不安によって考えにくくなっていないか、一回の失敗を自分の適性の問題にしていないかを、分けて捉えることが必要です。

次回は、「数学・理系・技術職は男子向き」というジェンダーバイアスが、女子の得意意識や将来の選択肢にどのように入り込むのかを見ていきます。

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