女子STEM離れを5段階で考える④|数学不安と苦手意識

第4回:数学不安と苦手意識
前回は、数・形・空間を捉える力や、試しながら考える力が、幼児期から低学年の遊びや生活の中で育つこと を見てきました。
数や量を比べる。分ける。並べる。形を動かす。変化を確かめる。考えた理由を話す。
こうした経験は、小4以降に、算数が「答えを求める学び」から「数量の関係を捉え、その関係を使って説明する学び」へ変わるときの土台になります。
しかし、算数の内容が難しくなる過程で起きるのは、理解のつまずきだけではありません。
問題を見ると緊張する。
間違えることが怖い。
指名されたくない。
答えが分かっていても自信が持てない。
算数・数学に向き合う場面で生じる、このような不安や緊張は「数学不安」と呼ばれています。
心理学では、数学不安は、数字や計算、数学の授業やテストに向き合う場面で生じる緊張・心配・恐れによって、問題解決や学習が妨げられる状態として捉えられています。一般不安やテスト不安と関連はありますが、同一ではなく、数学という教科に結びついた教科固有の不安と考えられています。(Richardson & Suinn, 1972/Dowker et al., 2016)
数学不安は、単に「算数ができない」という意味ではありません。むしろ、一定の学力がありながら、算数・数学に強い不安を感じている子どもがいることが、この問題の重要な点です。
数学不安は、成績だけでは見つからない
ケンブリッジ大学の研究プロジェクトでは、数学不安の高い子どもの77%が、学校の数学テストでは標準から高成績の範囲に入っていました。
つまり、数学不安は「成績の低い子にだけ起きる問題」ではありません。
テストで点数を取れているため、周囲からは問題がないように見えていても、本人は間違えることを強く恐れていたり、数学を避けたいと感じていたりする場合があります。成績だけを見ていると、こうした不安は見過ごされやすくなります。
「できるか、できないか」と、「安心して取り組めるか、不安を感じているか」は、別の軸です。
正解できる子が、自信を持っているとは限りません。
成績がよい子が、数学を好きだとも限りません。
この違いを理解することが、数学不安を考える出発点です。
つまずきが不安を生み、不安が次のつまずきを生む
数学不安と成績の関係は、一方向ではありません。
算数の内容が難しくなり、思うように解けなかった経験や、テストの点数、周囲との比較などが重なると、子どもは算数に不安を感じるようになります。
一方で、不安が強くなると、問題を解くときに必要な力を十分に使いにくくなります。
「間違えたらどうしよう」
「自分だけ分からなかったらどうしよう」
「また悪い点を取るかもしれない」
こうした心配が頭の中を占めると、問題文の条件や途中の計算を一時的に保持するワーキングメモリが圧迫されます。数学不安は、数学的な活動を避ける行動にもつながり、結果として練習や成功経験が減る可能性があります。
研究では、次のような悪循環が起こる可能性があると整理されています。
算数でのつまずきや失敗
↓
数学不安が強くなる
↓
本来の力を発揮しにくくなる
↓
さらに失敗経験が増える
数学不安と成績は、互いに影響し合い、悪循環になる可能性があります。
これは、性別にかかわらず起こり得る問題です。
算数の苦手意識は、男女共通の問題である
女子のSTEM離れを考えるとき、すぐに「女子は算数が苦手」と捉えるのは適切ではありません。
日本理科教育振興協会による高校の文理選択調査では、理系を選択しない理由の最多は「理数が苦手・嫌い」で、48.4%でした。共学校では、男子でも文系選択が59.0%を占めています。
つまり、日本では女子だけでなく、男子を含めて多くの子どもが、理数系を「自分には難しい」「得意な人が選ぶもの」と捉え、距離を取っています。
そこでの失敗や戸惑いが、
「この問題がまだ分からない」
ではなく、
「自分は算数が苦手だ」
という自己認識に変わることがあります。
ここまでは、男女に共通して起こり得るプロセスです。
では、なぜ女子で数学不安が強く表れやすいのか
重要なのは、女子が生まれつき数学に不安を感じやすいと考えないことです。
ケンブリッジ大学の研究では、小学生の段階で数学の成績に男女差が見られない場合でも、女子の方が高い数学不安を報告していました。研究者は、その背景として、一般的な不安傾向だけでなく、数学の能力や適性に関するジェンダー化された見方が関係している可能性を挙げています。
小学生を対象にした別の研究では、「数学=男子」という文化的なステレオタイプが、子どもの明示的な回答と暗黙的な測定の両方で確認されました。
さらに女子は、実際の数学成績に大きな男女差が現れるより前から、男子よりも数学と自分を結びつけにくい傾向を示していました。
ここに、数学不安とジェンダーバイアスの接点があります。
算数の問題を間違えること自体は、男子にも女子にもあります。
しかし、「数学は男子の方が得意」「理系は男性向き」という社会的なイメージが存在すると、女子にとってその失敗は、単なる一回の誤答ではなく、
「やはり自分は数学に向いていないのかもしれない」
と受け止める材料になりやすくなります。
教師、保護者、友人などが持つ「女子は数学が苦手」という思い込みは、女子の自信に影響し、数学の学習格差に関係するとUNICEFも指摘しています。
同じつまずきが、女子には「適性の問題」に変わりやすい
本質的な問題は、女子だけが算数につまずくことではありません。
男女共通の学習上のつまずきが、女子に対しては、ジェンダー化された自己評価へ変換されやすいことです。
構造を整理すると、次のようになります。
小4以降の算数の質的転換
↓
理解のつまずきや失敗経験
↓
数学不安、苦手意識、回避
ここまでは男女共通
↓
「数学・理系は男子向き」というイメージが重なる
↓
「私は数学に向いていない」
「私は理系ではない」
↓
STEM・工学・ICT・ものづくりを選択肢から外す
ジェンダーバイアスだけで、すべての数学不安が生まれるわけではありません。
また、数学不安だけで、女子のSTEM離れのすべてを説明できるわけでもありません。
算数の学習で生じる男女共通のつまずきと、女子により強く作用する社会的なイメージ。この二つが重なることで、一教科への不安が、将来の進路や職業の選択肢にまで広がっていきます。
数学不安は、第1回で紹介した女子STEM離れの5段階モデルにおける、
「男女共通の苦手意識・理系回避」
と、
「女子に強く作用するジェンダーバイアス」
をつなぐ接点なのです。
正解できても、数学不安は見えないことがある
数学不安は、必ずしもテストの点数の低さとして表れるわけではありません。
たとえば、正解しても何度も確認しなければ答えられない、説明を求められると発言を避ける、時間制限があると考えられなくなる、問題を見る前から「分からない」と言う、といった形で表れることがあります。
そのため、大人が確認する必要があるのは、「解けたか」「何点取れたか」だけではありません。
「どのような気持ちで取り組んでいるか」
「間違いを、学びの途中として受け止められているか」
「一回の失敗を、自分の適性の問題にしていないか」
といった点にも目を向ける必要があります。
理解のつまずきには、どこで分からなくなったのかを捉え、考え方を支えることが必要です。
不安には、間違えても安心して考え直せる経験が必要です。
ジェンダーバイアスには、「数学や理系には向いている性別がある」という周囲の思い込みやメッセージを見直す必要があります。
必要なのは、問題を解く量を増やすことだけではなく、理解のつまずき、不安、周囲から受け取るジェンダーバイアスを区別し、それぞれに応じて支えることです。
数学不安は、「算数ができない証拠」ではありません。
しかし、その不安が見過ごされ、「自分は数学に向いていない」という自己認識に変わると、本来は残っていたはずの進路の可能性まで狭めてしまいます。
次回は、「数学・理系・技術職は男子向き」というジェンダーバイアスが、女子の得意意識や将来の選択肢にどのように入り込むのかを見ていきます。


