女子STEM離れを5段階で考える⑤|ジェンダーバイアス

幼児期に積み木で遊ぶ女の子、小学生として学ぶ姿、進路を考える女子高校生と、研究者や技術者として働く女性の未来像
シリーズ|女子STEM離れを5段階で考える

第5回:ジェンダーバイアス

前回は、算数・数学へのつまずきや不安が、成績の低い子だけに起きるものではないこと、そして数学不安が、男女共通の苦手意識と、女子により強く作用するジェンダーバイアスの接点になることを見てきました。

女子が理系を選ぶ割合が男子より低いことは、実際の進路選択に表れている結果です。

では、その選択に至るまでに、何が起きているのでしょうか。

子どもは、高校で文理選択をする日に、初めて自分の適性を考えるわけではありません。

幼児期にどのような遊びや活動を経験したか。
算数や数学を、誰が得意な教科だと思うようになったか。
失敗したときに、それを一時的なつまずきと捉えたか、自分の適性の問題と捉えたか。
工学やICT、技術職を、自分にも関係のある仕事として想像できたか。

こうした経験と認識の積み重ねが、進路選択の時点で、どの分野を自分の選択肢として検討するかに影響します。

第1回で紹介した女子STEM離れの5段階モデルを、今回は幼児期から進路選択までの時間軸に沿って見ていきます。各段階で、ジェンダーバイアスが女子の経験、自己認識、関心、将来像にどのように入り込むのかを考えます。

幼児期から進路選択まで、男女共通の学びの土台にジェンダーバイアスが重なり、女子が理系を選びにくくなる過程を示した図解

幼児期|経験の機会は、誰にどう渡されるのか

第3回では、幼児期から低学年にかけて、数を比べる、形を動かす、組み立てる、測る、試して考え直すといった経験が、後の算数・数学の理解につながることを取り上げました。

数・形・空間・ものづくりに触れる経験の量や種類には、家庭環境、園や学校での活動、本人の関心など、さまざまな要因が関係します。

そこに、周囲の大人が持つ性別への期待や、家庭の声かけに混ざる無意識の思い込みが加わることがあります。

ブロック、組み立て遊び、機械、地図、測定、ボール遊びなどを男子に勧め、ごっこ遊び、装飾、対人的な遊びを女子に勧めることが続けば、男女に与えられる経験の幅や頻度に偏りが生まれます。

これは、ごっこ遊びや人形遊びに価値がないという話ではありません。大切なのは、女子にも男子にも、空間、数量、言語、対人関係、試行錯誤を含む幅広い経験が渡されることです。

研究では、子どもの遊びの選択には性別による傾向が見られ、玩具や遊びの種類が空間的な経験と関連する可能性が指摘されています。また、親が子どもに使う位置、形、大きさなどの空間に関する言葉が、子どもの後の空間言語と関連し、親から男女への言葉かけの違いが、子どもの空間言語の差に関係していたという研究もあります。(Pruden et al.

第3回で扱った経験差は、ここでジェンダーバイアスとつながります。

女子の能力や関心が低いから経験が少なくなるのではなく、周囲が「どの子に、どの経験を渡すか」を判断する際に性別への思い込みが入り込むことで、経験機会に偏りが生まれることがあるのです。

6歳頃|「とても頭のよい人」は誰か

Bian、Leslie、Cimpianらは、5歳から7歳の子どもを対象に、高い知的能力と性別の結びつきを調べました。

研究では、子どもたちに「本当に、本当に頭のよい人」が登場する物語を聞かせ、その人物が男性か女性かを推測させました。

また、二つの新しいゲームを紹介し、一つを「本当に、本当に頭のよい子どものためのゲーム」、もう一つを「一生懸命取り組む子どものためのゲーム」と説明しました。

5歳では大きな男女差が見られなかった一方、6歳頃になると、女子は男子よりも、自分の性別を「本当に頭のよい人」と結びつけにくくなり、「とても頭のよい子向け」と紹介されたゲームへの関心も低くなる傾向が示されました。努力する子向けと説明されたゲームでは、同じような差は見られませんでした。(Bian, Leslie & Cimpian, 2017

この研究で使われたのは、数学や理科の問題ではなく、新しく考案されたゲームです。

重要なのは、子どもが活動の内容だけでなく、「その活動は、どのような人のためのものか」という説明から、自分が参加する場かどうかを判断する可能性が示されたことです。

数学、物理、工学、情報科学などを、大人が、

「特別に頭のよい人が進む分野」
「生まれつき才能のある人だけができる分野」

として語ったとします。

そのとき、「高い知的能力は男性に多い」という社会的なイメージをすでに受け取っている女子は、その分野を自分と結びつけにくくなる可能性があります。

実際に数学や科学の活動を試して能力を確かめるより前に、「自分が参加する分野ではないかもしれない」と感じることがあるのです。

小学生|「数学は男子のもの」というイメージが自己認識に入る

Cvencek、Meltzoff、Greenwaldらは、6歳から10歳までの子ども247人を対象に、数学、性別、自分自身の結びつきを調べました。

その結果、小学校2年生頃から、「数学=男子」という文化的なステレオタイプが、子どもが言葉で答える明示的な測定と、無意識的な結びつきを調べる測定の両方で確認されました。

また、女子は男子よりも「自分と数学」を結びつけにくい傾向を示しました。(Cvencek, Meltzoff & Greenwald, 2011

この研究は、女子の数学成績が男子より低いことを前提にしたものではありません。

調べたのは、子どもの中で、

「男子と数学」
「女子と数学」
「自分と数学」

がどのように結びついているかです。

子どもは、家族や教師の言葉、教室で誰がよく発言するか、教材やメディアに誰が登場するか、周囲の友人がどのように反応するかなどから、

「数学を得意とするのは誰か」
「理系に進むのはどのような人か」

というイメージを受け取ります。

「数学は男子の方が得意らしい」というイメージが、「自分は女子である」という認識と結びつけば、実際の成績とは別に、「自分は数学に向いていないかもしれない」という自己認識が生まれる可能性があります。

小学生から高校生|「誰が興味を持つ分野か」というイメージ

能力だけでなく、関心にもジェンダーバイアスは表れます。

コンピュータ、プログラミング、機械、ロボット、工学などが、日常的に男子の関心と結びつけて語られることがあります。

Master、Meltzoff、Cheryanらの研究では、小学校1年生から高校3年生までの子どもや若者の間に、「女子は男子ほどコンピュータサイエンスやエンジニアリングに関心がない」というステレオタイプが見られました。(Master, Meltzoff & Cheryan, 2021

さらに実験では、ある活動を「男子の方が関心を持つ活動」と説明した場合、男女が同じように関心を持っていると説明した場合に比べて、女子の参加意欲や、その活動に自分が合っているという感覚が低くなりました。

つまり、実際に女子が興味を持つかどうかだけが問題なのではありません。

その活動が、

「女子も参加するもの」
「自分の関心を試してよいもの」

として紹介されているかどうかが、参加する前の判断に影響します。

「女の子にはできない」と言われなくても、男子ばかりが誘われ、男性の事例ばかりが示され、男子向けの活動として紹介されていれば、女子には自分のために用意された分野に見えにくくなります。

そして、参加する女子が少なければ、「女子はこの分野に関心がない」というイメージがさらに強まります。

小4以降|数学不安が「自分は向いていない」に変わる

算数や数学につまずくことは、男女のどちらにもあります。

数学不安や苦手意識も、女子だけに起きる問題ではありません。

しかし、同じ問題を間違えたときに、

「今回は分からなかった」
「別の方法で考えてみよう」

と受け止めるのか、

「やはり自分には数学の適性がない」
「自分は理系ではない」

と受け止めるのかでは、その後の行動が変わります。

「数学は男子向き」というイメージを受け取っている女子にとっては、一度の失敗や点数の低下が、社会的なステレオタイプと結びつき、「自分は向いていない」という判断を強める材料になる可能性があります。

第2回で取り上げた、小4〜小5で起きる算数の質的転換では、算数が計算手順だけでなく、分数、割合、単位量、数量関係の意味を捉え、図・式・言葉を行き来して説明する学びへ変わります。

第4回で取り上げた数学不安は、ここでジェンダーバイアスと接続します。

男女共通の学習上のつまずきに、女子に対する能力や適性のイメージが重なることで、一つの問題が解けなかった経験が、将来の進路についての自己判断にまで広がっていくのです。

中学生から高校生|将来の仕事として想像できるか

教科への関心があっても、その学びが将来の仕事と結びつかなければ、進路の選択肢としては残りにくくなります。

たとえば、数学や理科が好きな女子が、医療や生物系の仕事を思い浮かべることはあっても、機械、電気、情報、製造技術などの仕事を同じように想像できるとは限りません。

PISA 2022のOECD平均では、15歳時点でICT関連職を希望する割合は、男子10.0%に対し女子1.3%でした。これは、女子がICTという言葉を知らないということではなく、ICTを自分が将来就く仕事として想像する割合に大きな差があることを示しています。(OECD

職業名を知ることと、自分がその仕事をしている姿を想像できることは同じではありません。

その分野で働く女性を見たことがあるか。
学校で学んでいる内容が、どのような仕事につながるかを知っているか。
その仕事が、自分の関心や社会への問題意識とどう結びつくかを体験できたか。

こうした接続がないままでは、工学やICT、技術職は、存在を知っていても、自分が検討する進路にはなりにくいのです。

進路選択|本人を思う言葉が、慎重さを強めることもある

進路を考える段階では、家庭や学校からの助言も大きな意味を持ちます。

保護者が、

「女子には理工系は大変なのではないか」
「女性が少ない職場で続けられるだろうか」
「ほかにも向いている仕事があるのではないか」

と心配することがあります。

これらは、本人の将来を思って発せられる言葉かもしれません。

しかし、男子には「まず挑戦してみたら」と伝え、女子には将来の困難やリスクを先に伝えることが続けば、進路を検討するときに与えられる選択肢の幅には差が生まれます。

本人の能力や関心だけでなく、周囲が「この進路を勧めてよいか」「続けられるか」を性別によって異なる基準で判断していないかを見る必要があります。

理系を選ぶ時点より前に、選択肢を狭めない

女子が理系を選ばないという結果は、進路選択の時点で初めて生まれるものではありません。

幼児期には、どのような遊びや経験を渡されたか。

小学校では、数学を誰の得意分野だと思うようになったか。

つまずいたときには、学び直せる問題と捉えたか、自分の適性の問題と捉えたか。

工学やICTについて、女子も参加し、活躍する分野だと感じられたか。

中高生になったとき、その学びを使って働く自分を想像できたか。

こうした時間の積み重ねの先に、進路選択があります。

現在の女子STEM支援は、すでに理系に関心を持ち、理系進学を自分の選択肢として意識できている女子を、さらに後押しする施策になりやすい面があります。

もちろん、その支援も必要です。

しかし、それだけでは、算数への苦手意識や数学不安、周囲のジェンダーバイアスによって、理系を検討する前に選択肢から外してしまった女子には届きません。

必要なのは、すでに理系を目指している女子を増やすことだけではありません。
理系に関心を持つ機会、試す機会、自分との接点を見つける機会を失い、選択肢として意識するところまで到達しない女子を減らすことです。

女子が進路を選ぶ段階で、初めて理系の情報を渡すのではありません。

幼児期から、数、形、空間、科学、技術、ものづくりに触れる経験を広く渡すこと。

数学の失敗を、適性の判断に変えないこと。

工学やICTを、男子の関心や仕事だけと結びつけないこと。

学びが社会や仕事にどうつながるかを、女子にも自分ごととして感じられる形で見せること。

その積み重ねによって、進路選択の時点で、理系・工学・ICT・技術・ものづくりを、現実に検討できる女子を増やす必要があります。

次回は、こうした構造を踏まえ、家庭、学校、企業が、女子の選択肢を狭めないために何を変えるべきかを考えます。

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