女子STEM離れを5段階で考える③|幼児期〜低学年の経験差

第3回|幼児期〜低学年の経験差
第1回|女子STEM離れは、進路選択の直前に始まるわけではない / 第2回|小4の壁とは?計算はできるのに、説明で止まる理由
小学校低学年までの算数では、足し算や引き算、かけ算など、計算の手順を覚えることで解ける問題が多くあります。
ところが、小4頃からは、計算するだけではなく、
- 数量の関係を捉える
- 条件を比べる
- 何が変わったのかを考える
- なぜその答えになるのかを説明する
といった学びが増えてきます。
計算はできるのに、数量の関係を捉えたり、理由を説明したりするところで立ち止まる。これが「小4の壁」です。
しかし、この壁は小4になった日に突然現れるわけではありません。
その手前には、幼児期から低学年までに、数や形を比べる、ものを分ける、順番に並べる、形を動かす、変化を確かめる、気づいた理由を話すといった経験があります。
算数の土台は、遊びや生活の中にある
幼児期の子どもに必要なのは、計算を早く始めることではありません。
たとえば、日常には次のような経験があります。
おやつを同じ数になるように分ける。
積み木を高い順に並べる。
洗濯物を大きさや種類で分ける。
パズルの向きを変えて、はまる形を探す。
ブロックを組み合わせて形をつくる。
水を別の容器に移し、見え方の変化を確かめる。
影の長さや向きが変わる様子を見る。
「どうしてそう思ったの?」と聞かれ、自分なりの理由を話す。
こうした遊びや日常のやり取りには、算数や理科につながる考え方が含まれています。
子どもは、手で動かしながら、同じところと違うところを見つけます。試して、うまくいかなければ向きを変えます。数や大きさを比べ、もの同士の関係に気づきます。
さらに、気づいたことを言葉にすることで、自分がどこを見て、どのように考えたのかを整理していきます。
理系の入り口は、必ずしも机の上の計算ドリルから始まるわけではありません。
遊びや生活の中で、ものを見て、動かし、比べ、試し、説明することから始まっています。
経験の差は、男女を問わず起こる
こうした経験の量や内容には、子どもによって違いがあります。
パズルやブロックでよく遊ぶ子もいれば、ごっこ遊びやお絵描きを好む子もいます。外でさまざまなものを観察する機会が多い子もいれば、室内で過ごす時間が長い子もいます。
大人から「どうして?」「ほかの方法はある?」とよく聞かれる子もいれば、答えや手順を先に教えてもらうことが多い子もいます。
このような経験の差は、男女を問わず起こります。
男の子でも女の子でも、ものを動かす、比べる、関係を見る、試す、理由を説明するといった経験が少なければ、小4以降に求められる「数量の関係を捉え、その関係を使って説明する学び」で立ち止まりやすくなります。
一方で、家庭や社会にある性別のイメージが重なると、子どもが触れる遊びや経験に一定の偏りが生まれることがあります。
子どもの遊びは、本人の好みだけで決まるわけではない
75件の研究から113の効果量を統合した玩具選好のメタ分析では、子どもは幼い時期から、一般に「男児向け」「女児向け」と分類されてきた玩具を、それぞれ選びやすい傾向が確認されています。
ただし、こうした玩具の選び方が、子ども自身の好みだけで決まっているとは限りません。家にどのような玩具があるか、大人がどの遊びに誘うか、周囲がどう反応するかといった環境も、子どもの選択に影響します。
- 家にどのような玩具が置かれているか
- どの売り場に連れて行かれるか
- 誕生日や行事で何を贈られるか
- 大人がどの遊びに誘うか
- 子どもが選んだとき、周囲がどのような反応をするか
こうした環境も、子どもの「好き」や「やってみたい」を形づくっています。
また、UNESCOが国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)の家庭質問票をもとに紹介した分析では、保護者は女の子とは歌、読み聞かせ、文字を書く、絵を描くといった活動を多く行い、男の子とは積み木や組み立て玩具で遊ぶ傾向が示されています。
ごっこ遊び、読み聞かせ、積み木、パズル、お絵描き、外遊び。
どの遊びにも、それぞれ異なる考える経験があります。
ごっこ遊びでは、役割や順番を考え、相手の立場を想像します。
読み聞かせでは、言葉の意味を捉え、出来事のつながりを考えます。
積み木やパズルでは、形や位置、組み合わせを試します。
お絵描きでは、形や色、配置を工夫します。
「女の子にはこの遊び」「男の子にはこの遊び」と、性別によって触れる経験の範囲を決めてしまわないことが大切です。
子どもの好きな遊びを起点にしながら、比べる、並べる、動かす、言葉にするなど、さまざまな経験へ広げていくことが、考える力の土台につながります。
同じパズル遊びでも、経験の内容は変わる
米国で53組の親子を、子どもが2歳から4歳になるまで継続して観察した研究では、幼児期にパズルで遊んでいた子どもほど、4歳半の時点で、形を頭の中で回転させたり移動させたりする課題の成績が高い傾向にありました。
パズル遊びと、その後の空間認識との関係は、男女のどちらにも見られました。
一方で、この研究では、男の子のほうがより複雑なパズルで遊び、親も男の子とのパズル遊びで、形や位置に関する言葉を多く使う傾向が確認されています。
つまり、パズルで遊ぶことだけでなく、そこでどのような経験をするかが重要です。
- 少し難しい形にも挑戦するか
- 自分で向きを変えながら試す時間があるか
- 大人がすぐに正解を教えず、試行錯誤を待つか
- 「どちら向きかな」「回したらどうなるかな」と、一緒に形や関係を見るか
同じパズル遊びでも、どのような難しさに挑戦し、どのように試し、大人とどのような言葉を交わすかによって、子どもが得る経験は変わります。
大人の言葉が、子どもの「見るところ」をつくる
大人からの声かけも、子どもの経験の一部です。
「そこに置いて」と言うのか。
「箱の奥に置いてみよう」
「長いほうを横にしたらどうなる?」
「角と角を合わせてみよう」
「半分回したら入りそうかな」
と話すのか。
使われる言葉によって、子どもが位置、向き、大きさ、形、部分と全体の関係に目を向ける機会は変わります。
58組の親子を、子どもが14か月から46か月になるまで追跡した研究では、親は女の子より男の子に対して、大きさや形、空間的な特徴を表す言葉を多く使っていました。
その後、子どもが34か月から46か月になると、子ども自身が使う空間に関する言葉にも男女差が見られました。
研究では、この子どもの言葉の差が、幼い時期に親から聞いた空間に関する言葉の違いによって説明されることが示されています。
「どこにある?」「どちらを向いている?」「何が変わった?」と問いかけることによって、子どもが目を向ける場所や、考える手がかりを増やすことができます。
親のバイアスは、期待や評価にも表れる
性別による無意識の思い込み(アンコンシャスバイアス)は、玩具の選び方や遊びへの誘い方だけでなく、子どもへの期待や評価にも表れることがあります。
イタリアの6歳児253人と、その母親、父親、教師を対象にした研究では、母親が持つ数学と性別に関する固定的な見方が、娘の「自分は算数ができる」という自己認識と関連していました。同じ関係は、息子には確認されませんでした。
親が意図的に、子どもの経験や選択肢を狭めているということではありません。
私たち大人自身も、玩具売り場、広告、学校教育、自分が育った家庭などを通して、性別についてのイメージを受け取っています。
そのため、
「女の子は、こちらの遊びのほうが好きそう」
「難しいものは、まだ早いかもしれない」
「男の子だから、組み立てるのが得意そう」
といった判断が、無意識に生まれることがあります。
一つひとつは小さな選択です。
しかし、選ばれる玩具、かけられる言葉、任される役割、挑戦を待ってもらえる時間が積み重なると、子どもが経験する世界の幅に違いが生まれます。
遊びの中で育つ「思考のOS」
SheSTEM Japanでは、子どもが見て、気づき、考え、言葉にするまでを支える土台を、「6つの思考のOS」として整理しています。
-
手で触り、動かし、並べ、試しながら確かめる
手で考える力 -
位置、向き、距離、回転、全体と部分の関係を捉える
空間根拠力 -
同じところ、違うところ、規則やまとまりを見つける
構造視覚推論 -
条件や順番を整理し、試した結果に合わせてやり方を変える
実行ロジック機能 -
数量、関係、違い、変化を捉える
数量・数理の中核 -
気づいたことや考えた理由を、自分の言葉で整理して伝える
意味表現力
6つのOSは、それぞれが別々に働くものではありません。
手で動かすから、違いに気づく。
違いや構造が見えるから、関係を考えられる。
量や変化を捉えるから、条件を整理できる。
言葉にするから、自分の考えを確かめられる。
遊びの中では、こうした考える力の土台がつながりながら使われています。
幼児期〜低学年の経験差が、小4の壁につながる
幼児期の数学的な学びと、その後の数学成績との長期的な関連は、縦断研究でも示されています。
Wattsらの研究では、54か月時点の数学能力と、15歳までの数学成績との関係が調べられました。
その結果、就学前の数学能力は、初期の読解力や認知能力、家庭や子どもの背景要因を考慮した後も、15歳時点までの数学成績を予測していました。さらに、54か月から小学1年までの数学能力の伸びは、思春期の数学成績をより強く予測しました。
ただし、この研究は、特定の玩具や遊びが小4の壁を直接防ぐと証明したものではありません。示しているのは、就学前の数学的な学びと、その後の数学成績が長期的に関連しているということです。
幼児期から低学年までに、数える、比べる、分ける、並べる、形を動かす、変化を見る、理由を話すといった経験を重ねることは、小4以降の算数で必要になる考え方の土台になります。
低学年までは、計算手順を覚えることで答えを出せる問題も多くあります。そのため、考える経験の差が、すぐには見えないこともあります。
ところが小4頃から、算数の学びの質が変わります。
- 数字だけを見るのではなく、数量同士の関係を見る
- 計算するだけでなく、どの考え方を使うかを選ぶ
- 答えを出すだけでなく、なぜそうなるのかを説明する
この段階になると、それまでに積み重ねてきた経験が必要になります。
比べる。
分ける。
並べる。
形を動かす。
変化を見る。
理由を話す。
幼児期〜低学年に少しずつ生まれていた経験の差が、学びの質が変わる小4頃に、「関係を捉えて説明するところで止まる」という形で表れます。
つまり、小4の壁は、小4だけの問題ではありません。
幼児期から低学年までに、何に触れ、どのように試し、何を言葉にしてきたか。その男女共通の経験の差が、小4で求められる学びの土台の差となり、小4の壁につながります。
必要なのは、子どもの経験の幅を狭めないこと
女子STEM離れを考えるとき、幼児期から特別な理系教育を始めればよい、ということではありません。
計算を先取りする必要も、興味のない玩具で無理に遊ばせる必要もありません。
大切なのは、子どもがどのような遊びを好むかにかかわらず、比べる、分ける、並べる、動かす、試す、言葉にするといった、幅広い経験に触れられるようにすることです。
こうした経験の量や内容には、子どもによって違いがあります。その差は男女を問わず生まれ、幼児期から低学年までの積み重ねが、小4以降に求められる「数量の関係を捉え、理由を説明する学び」に表れてきます。
そのうえで、「女の子にはこの遊び」「男の子にはこの遊び」といった性別による思い込みが重なると、触れる遊びや大人からの声かけ、挑戦する機会に偏りが生まれることがあります。
人形が好きな子には、人形の人数に合わせて食器を分ける遊びができます。
お絵描きが好きな子とは、形や模様の規則を見つけることができます。
料理では、量を測り、材料を分け、手順を考え、温度や形の変化を見ることができます。
外遊びでは、距離、高さ、速さ、影、植物の変化に目を向けることができます。
同じ遊びでも、何を見て、何を比べ、どのように試し、どのような言葉を交わすかによって、そこで得られる経験は変わります。
理系の入り口は、計算ドリルの前にあります。
ものを動かす。
違いを見つける。
数や形を比べる。
変化を確かめる。
「なぜだろう」と考える。
自分の言葉で理由を話す。
男女を問わず、こうした経験に幅広く触れられるようにすることが大切です。
その経験の積み重ねが、小4以降の算数の学びを支えます。そして、性別による思い込みで経験の機会が偏らないようにすることが、女子にとって理系やSTEMが自分と関係のある選択肢として残り続けるための土台になります。
次回|数学不安とは?「できない」子だけの問題ではない
次回は、小4以降のつまずきが、どのように「自分は数学が苦手だ」という意識や不安へ変わっていくのか。「できない子」だけの問題ではない、数学不安について考えます。


